「あるじさま、しょくじのじかんですよ」
なんて憂鬱な時間。爛れたように傷む体。一度や二度食事を抜いたところで死にやしないから、このまま寝かせておいてくれ。聞こえなかったふりをした。
「だめですよあるじさま。たべなければ、おくすりをのめません」
部屋には二人だけ。壁には大小様々な刀が飾られている。今は彼が残ってくれているけれど、いずれここには誰もいなくなってしまうだろう。未来を正しく迎えた世界はこの部屋すら焼き尽くすに違いない。もう彼らを留めておける力はこの身に残っていない。それでいい。
壊れてもいないのに主を失った刀たち。これでは最早ただの無銘刀。彼らの名前なんてはじめから存在しなかったかのように無言で佇む。
「ちゃんとたべましたか、あるじさま?」
無理矢理飲み込んだ鉄の匂いの流動食は、重い石が川底を削るように抉り掻き回して沈んでいく。まともに声を発することのなくなった喉はろくにものを通さない。
「おくすりです」
喉を無理矢理に通る粉末。それだけで酷く吐き気を覚える。もう終いでいいだろう。解放されたいただ一心でせり上がってくる泥に耐える。
「おくすりです。はきだしてはいけませんよ」
体はもう受け付けられないそれを押し返す。
「おくすりをのまないと、よくなりません。たえてください」
口を手で塞がれる苦しさと戦いながら咽下した。いつまでこれを飲まなければいけないんだ。この苦痛が続くと疑問も消え行くようだ。なんの薬をなんのために飲んでいるのか、もうどうでもよくなっている。
「のめましたね」
満面の笑みが歪んでみえる。知らないうちに動かせなくなっていた手足は冷たく体幹も冷たく、感覚が崩れつつあって考えられることも少ない。
「おくすり、あとふたつです」
まだあるのか。もうどうにでもしてくれればいい。早く眠りについてしまいたい。内側に焼けるような衝動、それが痛むから、眠ってしまいたいんだ。
「あとふたつのんだら、もうだいじょうぶですよ。あるじさまはぼくをおいていかないでしょう?あるじさま、ねえあるじさま」
二つ。それに耐えれば眠れる。
「あるじさまは、ぼくとずっといっしょにいてくれるって、やくそくしてくれました。でも、あるじさまはにんげんで、ぼくはかたなだから」
だからそろそろ死んでしまうらしい。永遠という約束は守れないと分かっていても、その間際まではと願った。
「あるじさまは、しにません」
気休めの言葉が遠く聞こえる。喉を通る薬の感覚さえ薄れている。残りの二つ目の薬包を手にした顔がとても満足そうで、その冷ややかな輝きがなにかおかしくて、胸の奥で不安が脈打つ。
「あるじさま。さいごのおくすりですよ」
されるがままに薬を流し込まれていく。飲み込むと、どくん、とひとつ脈打って、その動きが止まった。
「えへへ。これであるじさまと、ずっとごいっしょできますね」
視界が反転、色が崩れる。
「あるじさま、もうだいじょうぶです。ぼくたちといっしょですから」
彼が何を言っているか分からない。ただ体の底から冷たくて、体が微塵も動かせなくて、今すぐに温かいものを浴びたい。温かいもの。体にまとわりつくような。
「ここでくちてしまうまで、いっしょですよ」
嫌だ。ここから連れ出してくれ。ほしくてたまらないんだ、温かく、赤い――
「あっ」
気づいた。ようやく気づいた。彼が何をしていたのか、彼が何を言っているのか、分からないが、気づいた。
「あるじさま。どうしましたか」
無邪気な笑みと純粋な想いがぐさりと深く突き刺さる。声の出し方が分からない。伝え方が分からない。どうすればいいか分からない。どうなったのかだけが分かって、恐怖に締め付けられる。
「これからもいっしょです」
眼前の無垢な表情がふにゃりと崩れてなくなって、小さな体が支えをなくしたようにぐらりと揺れて、とても近いところで、ざん、っと、畳に何かが突き刺さる音がした。その他に音はなくなった。視界の端には短刀が、その刃をきらきらと幸せそうに光らせている。「これからも、いつまでもいっしょ」。一人残った彼が遠い未来までを望んだなんて、それで。
目を閉じるのが怖くて、息を吸い込めないのが怖くて、いつも近くにいた明るい声が怖くて、それをもう聞けないのが、怖くて。
(#リプされたシチュエーションで刀さに/審神者な箱辺【@hako41】様よりシチュお題「お薬パニック」)
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