寝る直前、優しくほっぺにキスをされ、はっきりと「ずっと一緒にいよう」と言われて、嬉しさで溢れだす涙を必死に隠そうとするルゥキー
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 体温を交わした後、静かな夜の些細な気の迷いひとつで、私は長く生きるための力を失った。
 誰のせいでもない。ただ私が私であることを、義務を放棄したせいで、それは私の怠慢と身勝手が原因に他ならない。ああ、これまでどうして忘れていたのだろう。時は止まらずに流れ続け、それは人を変えていくのだということを。26年と、もう遡っても何度迎えたか分からない春。私はその春の数だけ生きていたというのに、その全てを失ってしまっていたのだ。
 私は村を自ら滅ぼしたあの日の翌日から今日に、一足飛びで辿り着いてしまった――その間に過ごしてきた時間など、一瞬の夢のようで。
 怖い。
 時間を取り戻してしまったということは。
 怖い。
 隣の青年が変わらず悠久の時を生きるということは。
 怖い。
 悲しい。
 寂しい。
 苦しい。
 私は彼をおいていく。
 私がいくら望んでも、もう私の時間は止まらない。
 レオンハルトの混沌に辛うじて耐えられていたのも。痛みと苦しみと恐れのあまりに正気を失わずに済んだのも。私が今ここに生きているのも、私が数百年前と変わらぬこの姿であるのも。全て、全て、私自身の力に因るものではなかったというのに。
 そっと耳に手をやる。いつものような固い感触は其処にない。世界をひどく冷たく見ていた目も今は強烈な色彩と現実感を私に突き付ける。
これが、かつての私が無差別に愛した命というものの感覚だったのか。私はそれを知らずに――否、それを感じることなく、営みであることを拒んで生きてきたのか。
 たとえば、愛している、とは違う感情。
 それを持ってはいけないと、識ってはいけないと、求めてはいけないと知っていた。知っていて認めることを、受け入れることを拒んでいたのに。
 「すき」
 もうとうの昔に、寿命で死んでいった命たち。私を変えた、あの時愛しいと思ったのとは違う感情で懐かしく思い出される――世界を滅ぼす寸前に至った青年。
 それから、隣にいる大切なひとり。
 好きだ。
 この一人だけが。この一人を。誰よりも。何よりも。特別に。他とは別の価値で。比べるべくもないほどに。
 そんな我儘が永い時間をかけてどうしようもないほどに膨れ上がっていた。
 目から熱のある水が落ちる。
 これは。
 それがはたりと青年の胸元に滴ったのを慌てて拭おうとすると、その前に彼の顔が近づいた。
 「……ルゥイン?」
 これが夜の帳の中とはいえきっとばれてしまうに違いない。私がそれまで私と彼の積み上げてきたものを無にするかのように、ただひとつの命に戻ってしまったということを彼の目は見抜くに違いない。
 声が出ない。何もかもが洪水のように押し寄せて、返す言葉があまりに多すぎて、何から口にすべきか分からなくて、突然訪れた変化に頭が追いつかなくて。声が出ない。
 彼の手がそんな私の頭を撫でた。何も言わない私に困っているだろうに、それはとても柔らかくて。
 「大丈夫だ」
 どうしていいか分からずに彼に縋りつこうとした腕からは邪紋が減っていた。
 「……大丈夫だから」
 頬に温かいものが触れる。唇だった。あまりにも近くで、あまりにも側で。私は生まれてはじめてこの感触を真に知った。
 破裂しそうだった何もかもが堰き止められる。ふっと一瞬だけ気が楽になる。
 「キース」
 やっと声が出た。ただそれも呼ぶだけで精一杯で――見ていられない。顔を背ける。逃げるように背を向ける。だめだ。私はただ私の我儘のためだけに、いつか、近い未来に彼を一人にしてしまうのだから。
 彼が私に手を伸ばすことを許したのではなく、私が彼の傍にいることが許されていただけで。私はその許しを、自ら手離して。
 そんな私の自責と後悔は、しかし彼のたった一言で一時だけ弾き飛ばされた。
 「……ずっと一緒にいよう」
 堰だったそれがなくなって、私の涙は止め処なく溢れ続ける。これは数年、数十年、数百年、或いはそれ以上停まっていた分の感情だ。苦しいほど懐かしく、狂おしいほど懐かしく、私に一気に襲い掛かってくるもの。
 それを全て受け止めるかのように温かさがぴったりと背中についた。
 何故自分が泣いているのか明確には分からないまま、私はただ、声を抑えて涙が零れるに任せるだけ――それでも私は生々しい嵐の中に、彼の許しを喜ぶという感情を確かに感じていた。




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