「おかえりなさい提督、卵焼きたくさんできてますよ!って……後ろの人は誰ですか?」
 「え?」
 執務室まで一人で来たはずだった。だが瑞鳳の視線は俺と俺の後ろの方とを行き来しており、もし彼女が幽霊を見ているのでなければ背後に何者かがいることは確かであった。駆逐艦の悪戯ではないだろう――不思議がるというより怯えた様子の瑞鳳。新しく着任した艦がいて、その容姿が相当な威厳を携えているのだろうか?
 「はっはっはっは」
 考えていると低くも優しげな笑い声が背中に刺さった。その声は信じ難くも聞き慣れたもので、声の主を悟った俺は振り向くことをやめる。瑞鳳、その男、射っていいぞ。
 しばらく声の主は楽しげに笑い続けていたが、小柄とはいえ数々の深海棲艦を相手に成果をあげてきた軽空母の少女がきりきりと弓を引き絞る音が響くと流石に慌てたらしい。声の主は「邪魔したな」と反省する様子もなく言い残して数歩はそのまま後ろへ下がり、離れるとぱたぱたと足音をたてて歩き去っていった。
 足音が遠くなったのを確認して手で制し、驚かせてしまったことを詫びると瑞鳳は何事もなかったように弓を収めてくれた。
 「先程のが話の刀……の人ですか?」
 そうだよ、と答える。鎮守府に勤める身でありながら審神者の仕事を兼ねることになってしまった事情を艦娘たちには既に説明してあった。はあ、と溜息をついて執務椅子に体を投げ出す。
 確認するまでもない、先程の声の主は天下五剣のひとつ、最も美しいと言われる三日月宗近に違いない。
 「あのマイペースじじいが!」
 艦娘たちを内心ご長寿ババアだと思っていた頃がないといえば嘘になるが、少なくとも彼女たちの言動からそう感じたことは一度もない。それは不思議な話し方をする初春や利根であっても同じことだ。刀剣たちはその「ババア」に比べて遥かに「ジジイ」である。無論、彼らの言動からそれを感じることは少ない――だが敢えて言おう、あのじじいは正真正銘のじじいだ。彼が自分でもそう言っていたがあれは紛れもなくじじいだ。いっそ仙人の域だろう。でなければ本丸から鎮守府までの数分、その時間こっそりと主を追跡して俺と艦娘の様子を見てやろうなどと思うものか。いや、思ったとしてもそれを実行に移すものか。
 じじいの茶目っ気、という言葉があるらしい。あれのようなことを言うのかと思うと本日何度目か分からなくなった溜息が漏れた。
 「でもさっきの人、悪いじじい……こほんっ、悪い人には見えませんでしたよ」
 「ああ、悪いじじいってことはないさ。ないんだが……」
 その先は言いかけて一旦飲み込んだが、瑞鳳が続きを待っていたのでその頭を撫でながら続けた。
 「奔放なじじいでね」
 手をとって指輪の光る薬指に口づけ、折角の瑞鳳との時間をじじいのネタに割きたくはないと思ってその話はそれでやめることにした。
 「卵焼き、食べさせてくれるんだろう?」
 まさかじじいの戯れがこれから面倒なことになるとは思いもせず、日を追う毎に美味しくなっていく卵焼きを頬張った俺はこのあと滅茶苦茶提督の日課……おっと、デイリー任務を片付け艦娘たちと素敵な時間を過ごした。

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