毎日夜になると鎮守府に通っている員信、愛しい女のところに足しげく通う平安貴族のように見えてくるね。今日なんて三日月宗近がついていった。光源氏に供する惟光のようじゃないか。朝になるとここに帰ってくるんだから、まるでというか通い婚そのものかな。そういうのは嫌いじゃない。必要な時はちゃんと本丸にいてくれるしね。
 久し振りに料理でもしに行きたいところだなあ。できるだけここにいてくれと員信が言うしそれに異論はないけれど、流石に僕も退屈だ。
 「何か食べるかい、鶴丸」
 彼は員信について行こうとしたけれど、その員信に嫌がられたので僕が止めた。僕が悪いことをしたわけじゃないはずなんだけどな。鶴丸ときたらさっきから、部屋の縁側に座って膨れっ面で、無言のままだ。
 「鶴丸。僕への嫌がらせは別にいいんだけど。その顔じゃ鶴らしくないよ」
 返事がなかったので、淹れたお茶と苺大福を鶴丸の隣に置いておいた。彼はそれにしばらく手をつけようとしなかった。けれど僕がお茶を飲みながらぼんやりと歌を考えて、ふと目を離して次に見た時には、大福がなくなっていた。
 「歌仙」
 それまで黙っていた鶴丸に急に呼ばれて驚いた。
 「なんだい。お茶でも冷めてしまったかな」
 「資源と出陣の記録をつけていたよな?」
 「うん。それがどうかしたかい?」
 やっと口を利いてくれたと思ったらいきなりなんなんだろう。茶は茶でやっぱり冷めていたみたいだ。鶴丸は湯呑みの中身を一気に呑み干して二杯目を自分で注いだ。
 「それ、見せてくれよ。持ってきていいか?」
 別に見られて困るものじゃないから構わないよ、と答えた。鶴丸がいつになく神妙な顔をしている気がする。彼がこんな顔をしているなんて、僕の見ている限りじゃあ、まだ僕も彼も弱かった時に出陣した先で、二人まとめて敵の大太刀に破壊されかけたとき以来じゃないかな。
 あの時一番錬度が高かったのは僕で、隣にいた白い姿は華が舞うようだったからよく覚えているよ。刀装も全て壊された僕も鶴丸も重傷でなんとか帰還して、慌てた員信に手伝い札を押し付けられたっけ。今じゃその大太刀なんて一撃で首を落とせるけど、次は絶対、と決心したあの頃から鶴丸とは少し仲が良くなった気がする。
 「持ってきたぜ。鍛刀の記録はこっちか?」
 「そうだけど何を探すんだい?誰かを探しているのなら言ってくれれば見つけてあげるよ」
 「そりゃあ助かるねえ。三日月の来た記録だ」
 意外だったので考えるより前に「何故」と聞いてしまった。
 「どうして、ねえ……歌仙、おまえは妙に思わねえか?気がついた時には本丸にいやがったし、気がついたときには俺たちより強かったし、今は主にべったり、ときた」
 「君という名刀が、嫉妬かい?」
 「んっ、驚きだね。今そう言われて初めて、俺が三日月に嫉妬してることに気づいたぜ!」
 僕は余計なことを言ってしまっただろうか。はらはらと頁をめくりながらそう思いもしたけれど、鶴丸の様子を見るにそれほどの失態でもなかったようだ。今日自分が護衛に行けなかったことを逆恨みするほど、彼も幼いわけではないだろうしね。
 「だけど鶴丸。もし三日月が来た日の記録を探しているのなら、残念だがここにはないんじゃないかな」
 僕が近侍としての仕事にある程度慣れて、記録帳を員信に任されたのが二月の月初。その時には既に三日月宗近は本丸にいた気がするから、僕の記憶が正しければだけど、この記録帳に三日月鍛刀の記録はないはずだよ。
 「そういえば一月中だったな!なんてことだ!」
 「出陣の記録はあるんじゃないか?それにしても、僕が『三日月宗近』と書いた記憶はないような……他の誰かが書いたかもしれない」
 鶴丸は溜息をついて乱暴に頭を掻いていた。嫉妬心は分からなくもないのだが、どうしてそこまで三日月のことが気になるのか僕にはよく分からなかった。天下五剣の一振りともなれば僕たちより立派な霊力を持っていることにも頷ける。彼の性格なら主の傍にいたがるのも不自然じゃないんじゃないかな。近侍の僕がいつも隣にいないから、却ってありがたいとさえ思っているのだけれど、鶴丸が違和感を覚えているのならきっと何かあるんだろうね。
 「ここでちょっと読ませてもらうぜ、歌仙」
 出陣と遠征の記録帳をばさばさと振りながら聞かれた。
 「ああ、構わないよ。けどね。帳簿を雑に扱うのはやめてくれないかな!」


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