おっと、と言ってすぐに鶴丸は手を止めてくれたけれど、乱暴に扱われるのが嫌な僕はしばらく彼の様子を盗み見るように確認した。員信も他の刀剣たちも風流ではないからね。
 風流でないとはいえ粗暴な男ではないから許せている。前の主も言っていた、全ての人が風流を愛しその素養を身につけられるわけではなくて、乱れた世においても雅を解する余裕を持つことだって才能なんだ。だから僕は員信にそれを強制しはしない。でももう少しくらい、例えば花瓶に季節の花を生けるとか、画や書を床の間に飾るとか、そのくらいのことをしてくれてもいいんじゃないかな。文系の僕を近侍にし続けるのだから、少しくらい。
 外の庭は雪景色だ。外はすっかり暗いけれど、室内の明かりが雪に反射して輝いている。員信のいう「艦娘」たちは、こんな冷えた空気を員信のために掻き分けて、あのシンカイセイカンという得体の知れないものと戦っているんだね。鎮守府にある彼の部屋もこんなふうに殺風景なのだろう。いずれそちらにも僕が赴いて、員信が仕事をするに相応しい風流な部屋にしなければ。
 員信は最初に僕と出会って以来、近侍にはずっと僕を選んでくれている。着任して早々に彼が太刀を鍛刀する量の資材を鍛刀部屋に持ち込んだ時は正気の沙汰じゃないって思った。でも考え無しにそうしたわけではないと今なら分かる。彼は僕を近侍にして雑用を含めて多くの仕事をさせる代わりに、戦場では僕の気苦労がなくなるようにと敢えて大きな刀を作ろうとしていた。おかげで出陣はとても楽だった。最初の鍛刀では今剣くんだったかな。一期一振や燭台切光忠が来た後にやっと員信が短刀を求め始めたから、その時になるまで員信の意向が分からなかった僕は一人で勝手に苛立ったものだったよ。
 何度も喧嘩した。員信が太刀や大太刀ばかり出陣させるから、短刀が暇を持て余しているし成長しないじゃないか、と。それから、僕に馬当番や畑仕事をさせるなんて、と。畑仕事については今でも僕は許していないからな!
 特に変わった動きもなく帳簿の紙をめくり続ける鶴丸を見ていた。彼が目的の文字の並び以外を探していないことがよく分かる。二杯目のお茶をのんびりと味わっていたら、本部に設置を義務付けられた直接連絡用の電話が鳴った。鶴丸がそれに反応して一度こっちを見て、しかし興味なさげに視線を戻した。驚いたのかな。員信が一度使っていたのを見たから使い方の分かっている僕は電話に出ることにした。
 「中臣員信さんですか」
 「いや。僕は歌仙兼定。主の員信は今不在だ。近侍の僕でよければ話を伝えるよ」
 電話の声は少し唸って、まあ歌仙兼定ならいいかと呟いて話し始めた。
 「中臣さんとの連絡はすぐにとれますか?」
 「ああ。用件はなんだい」
 「他の本丸で、解決に石切丸を必要とする深刻な事態が発生しています。もし錬度が十分な石切丸がその本丸にいる場合は、解決のための協力を要請します。目的が邪気を祓うことですので戦闘介入はありません。石切丸の状態保持は本部が保証いたします」
 電話の向こうの声は要綱を音読しているかのように無表情だった。本当に音読しているだけなのかもしれないな。本部の人間だからそのくらいで丁度良いんだろうか。先程員信がシンカイセイカンの件で連絡していた時も、向こうの声はこんなふうに無表情だったのかと思うと、員信に宥められた別の話なのにまた腹が立ってきてしまった。いけない、八つ当たりなんて雅じゃないね。
 「内容は承知した。それで、必要な錬度というのはどのくらいなのかな?」
 鶴丸がこちらを見ていたので「それを貸してくれ」と言って記録帳を一度こちらに持ってきてもらった。最近石切丸はよく長篠への出撃に随伴しているから、彼の記録はすぐに見つけられる。言われた錬度と比べてみたら十分過ぎるほどだった。電話の相手にそう伝えると、それなら是非主を説得してください、と必死な声が返ってくる。このくらいの錬度の石切丸なら他にもたくさんいるだろうに断られ続けているのだろうか。説得する、と言われても、まだ員信がいやだと断ったわけでもないんだけど。
 「では主に相談するよ」
 「ありがとうございます」
 次の声はひどく無機質だった。
 「では今から日時などを記載した詳細をそちらに送付します。今お使いのその機械から自動でプリントアウト……いえ、出るようになっておりますので、そちらをご参照ください。十五分後に、こちらから確認の連絡をさせていただきます。それでよろしいでしょうか」
 よろしいでしょうか、って君、他の選択肢をくれる気がないだろう。言葉面はとても丁寧だけれど、それが心からのものではないことくらい僕にも分かる。本当なら雅の何たるかを教えて聞かせたいところだよ。今回は特にそれで不満はないから不本意だが見逃してあげよう。
 「ああ、構わないさ。それでは今から連絡するよ」
 失礼する、と言って僕は電話を元に戻す。するとすぐにびっしりと細かい文字が書かれた無表情な紙が一枚、奇妙な音を立ててその機械から出された。




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