その紙の文字を一文字ずつ拾いあげるように読んでいく。電話で聞いた内容と差異はなかった。連絡用にと員信が置いていってくれたものに手を伸ばして、ふと縁側を見ると先程までそこにあった白い姿がそこになかった。おや、鶴丸はどこへ行ったのだろう。
 床に膝をついた格好で縁側から左右を見てその影を探した。どこかへ行ったといってもまた戻ってくるだろうな、と思って無線を繋げようとした時、背後から鶴丸のものではない声が。
 「わっ!」
 「うわっ!?」
 酷く驚いた。振り返って抗議しようとしたら上からのしかかられて、どちらかといえば床に押し付けられているようだ。僕は太刀や大太刀ほど力に秀でていないから、力任せにされては勝ち目がなくて困るんだ!
 「君が僕を呼ぶなんて珍しいね。腫れ物でもできた?」
 「……石切丸か!僕は呼んでな……い……けほっ……」
 早く下りてくれ、変な体勢で折れそうなんだ。
 「ああ」
 すまないな、と笑いながら僕の上から下りてくれた。普段の石切丸がこんなことをするはずがない、それに僕は石切丸を呼んでなんていない。ああもう!鶴丸が気を利かせて呼んでくれたんだろうけれど、よりによってなんでこんな入れ知恵まで。員信がいつも鶴丸の相手をしているかと思うと、心中、察して余りあるよ。
 「鶴丸が『歌仙が呼んでいる』と教えてくれたんだ。違うのか」
 「はあ……あ、いや、呼んではいないけれど、君に用があったのは確かだよ」
 先程出てきた紙を石切丸に渡して、僕はお茶を淹れなおして彼が読み終えるのを待っていた。鶴丸国永、後で戻ってきたらただじゃおかないからな。僕はそんな雅の欠片もない驚きなんて欲しくないんだ。大体この山のような量の大福も鶴丸の仕業だって聞いたし、僕には彼が分からない。一通り目を通した石切丸が「ふむ」と声を漏らして紙を僕に返してきた。
 「これに、私が?」
 「そうだよ。君はどうしたい石切丸……員信がなんていうかはまだ分からないけれど、君の意向も聞いておいたほうがよさそうだからね」
 「厄落としだろう?最近その役目自体に縁がないから、彼が許してくれるなら是非行きたいね」
 聞くまでもなかったみたいだ。声はとても落ち着いているし言葉も相変わらずの柔らかさだけど君、なんだかそわそわしてはいないかい。
 「待ちに待った神刀としての仕事だからね。それはそれは楽しみなんだ。君だって歌合わせに誘われたら断る手はないだろう?私にとっての加持祈祷と同じことだ」
 「それは楽しみだね。分かった、今から員信にもそう伝えるよ」
 石切丸が心なしか急かしてくるので僕の気分も何故か浮き立つようだ。艦載機を手にとって員信に教えられた通りにすると、一呼吸置いたようなタイミングで砂を零すような音が聞こえてきた。その後にはすぐに聞き慣れない言葉。
 「こちら一九二。二号機、応答を願う」
 事前に言われていた通り女性の声だった。現世の女性の声を聞くのは初めてだけど、僕の知る女性というものの声と変わりなくて妙に安心した心地になれる。
 「ああ……僕は歌仙兼定。主に繋いでもらえるかな?」
 「主?司令官のことで合っているか?」
 「提督、うん、提督に頼むよ」
 凛とした声で問われて気が引き締まる思いがした。鋭いとまではいかないが涼しげによく通る声だ。連絡中に名前を呼んではいけないと言われているけれど、員信が確か那智という名を口にしていた気がする。彼女が那智かな。
 「了解した。今繋ぐからそのまま待っていてくれ」
 彼女にお礼を言う間もなくカチャリと音がして、僕の耳にはしばらく何も聞こえなくなった。手持ち無沙汰に隣を見ると石切丸が二人分のお茶を淹れてくれている。無意識のうちに緊張して手に汗をかいていたので、石切丸が差し出してくれた湯呑みをありがたく受け取った――僕が淹れたお茶よりもおいしい気がする。少し悔しいが良い香りが立ち昇っていて不思議と安らぎを覚えた。
 「歌仙、どうした……歌仙?」
 お茶に夢中になっている間に員信が僕を呼んでいたようだ。僕は含んでいたお茶を慌てて飲み込んだ、美味しかったがとても熱かったから変な声が聞こえてしまったかもしれない。すまないと軽く咳払いをして返事を続けた。
 「本部から連絡だよ、員信。人員提供を頼むと言われたんだ。少し返事を待ってもらっているのだけれど、どうしようか」
 ん?と員信が意外そうに驚く声が聞こえた。石切丸は気が気でないのか掌の中で湯呑みをくるくると回している。



スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。