私は那智。我らが司令官、中臣員信と共に戦場を駆ける、妙高型重巡二番艦だ。司令官の秘書は私ではなく瑞鳳だが、多忙な彼女に代わりこの鎮守府の記録をとるのが私の役目の一つなんだ。瑞鳳が来るまでは秘書と旗艦は常に私が務めていたのだが、当時はその忙しさと責任ゆえに、姉妹たちや他の艦たちと過ごせる時間が短かったのが少々不満だった。
 む?司令官に不満はない。ただ私は少しばかり自由な時間を欲していたんだ。私が来たばかりの頃は妙高型重巡は私一人で、戦艦や空母の錬度も十分でなかった。私はいつか姉と妹たちに再会できることを夢見て、中破と大破を繰り返しながら、時に味方の足を引っ張りながら、必死に戦った。私がある程度戦えるようになってからだな、足柄と会えたのは。
 程なくして羽黒とも会えた。そんな頃には私の錬度は鎮守府で一番となっていて、かつてと変わらず私は旗艦だった。ああ勿論、敵潜水艦の出没海域に出撃する時は私は隊を外れたし、他の娘の錬度を上げる時は旗艦をその娘に譲ることもあったさ。だが新たな海域に出撃する時、大規模な作戦が展開される時、私は常に旗艦だった。司令官からの信頼を感じていたし、それを誇りに思っていた。
 妙高姉さんと出会えたのは随分後のことだったな……長い時を経て四人が一同に会したときの感動は、今でも鮮烈にこの胸に蘇る。近い時期に瑞鳳とも出会った。我が戦隊初の高速軽空母で、私と彼女が一緒に出撃することが多くなった。そうだな。今でも瑞鳳と出撃することは多い。私が彼女の魅力を知りつつある頃、瑞鳳は司令官の、司令官は瑞鳳の、魅力に気づきつつあった。その頃私は……姉妹たちと過ごす時間をもう少しでも増やせたら、と思い始めていたんだ。
 だから私は司令官と話をした。彼は私の言葉を正しく理解してくれたさ。そしてただ一つ、私に大きな負担を強いたと詫びられた。私はそのこと自体を苦痛に思ったことはなかったのだ。だが、これから秘書を務めることになる瑞鳳に同じ負担を強いることのないようにと、秘書の仕事の一部を数名の艦娘が分担することになった。なかなかいい判断だと思わないか?
 例えば資源の出納や物品の管理は叢雲が行っている。彼女は口では愚痴や文句を言いつつ完璧に仕事をしているよ。叢雲がいない時は霧島が手伝っているようだな。司令官に憎まれ口を叩いたり攻撃的な言動をしたりすることはあるが、叢雲が司令官を慕っていることはよく分かるんだ。ああ、一番初めに司令官に出会ったのは彼女だと聞いたときは驚いたよ。ばれんたいんでー、という行事の時に懸命に菓子作りに励んでいた姿をよく覚えている。叢雲が他人への好意を指摘されて真っ赤になって否定する姿は可愛らしいが、どうかあまりからかい過ぎないでやってくれ。
 そうそう。最近になって司令官が「本丸」というところで一日の半分を過ごすようになったんだ。なんでも断れない事情でやむを得ず引き受けたらしい。司令官の力量であればそんなこともあるだろうとは思う。思うが。私はまだそれを完全に許したつもりはない!一日の半分だぞ。ふむ、鎮守府にいる時間を夜間にしたことは評価しよう。おかげで一緒に酒を飲むこともできるからな。さもなければ私は司令官に一喝を浴びせていたかもしれない。
 確かに、我々の錬度を上げるための作戦行動であれば、最早司令官なしでも実行することができる。つまり普段の出撃には何の支障もない。大規模な作戦の時には必ず鎮守府に常駐して指示を出してくれるし、作戦の実行において不満はないのだ。だ、だが!普段いるべき貴様がいないことで寂しさを覚える娘もいるんだぞ!特に瑞鳳や駆逐艦たちが――そうだ、私のことではない。だが、そうだな。しばらく留守にしたかと思えば「お返し」などと訳の分からないことを言って甘いものをくれた時は、覚えがなかったとはいえど嬉しかった。それと貴様はいつまで前線勤務なんだ?
 ……ああ、話が逸れたな。先日鎮守府に化け猫が現れたために司令官が帰ってこられなかったことがあった。その時私が連絡のために水偵を飛ばしたんだが、実はその乗務員がまだ帰って来ていない。水偵が本丸にあるのは知っているさ。それを連絡用にあちらに置いておくという話は聞いたし、その埋め合わせの分の水偵は翌日確かに受け取った。だが本丸で姿を消したという彼女は一体どこに行った?数日は私も心配などしなかった。ああ見えて立派な水偵乗りだから、数日くらいなんの問題もなく過ごせるだろう。司令官の姿を見つけられないなんてことも有り得ない。此処への帰り道が分からなくなるほどの距離でもない。彼女の身に何か悪いことが起きていないことを祈るばかりだ。
 その翌日飛んできた鏑矢と矢については、他の本丸から飛ばされたもので害がないものだったと伝えられた。立て続けに妙なことがあったものだから皆警戒していたんだが、何事もなかったようで本当に何よりだ。一騒ぎを楽しみにしていた天龍だけが心なしかつまらなさそうな顔をしていたか。
 この二日間は本当に落ち着けなかったな。加えてその日から、司令官に三日月宗近という刀が護衛としてついてくるようになった。別に文句はない。文句どころか、司令官を護ってくれるのであればありがたいさ。だが乗組員以外の男性に我々は不慣れだろう?だからまだ少し、どう接して良いか分からない。それに彼は私より背が高いからな。司令官と戦艦たち以外に見下ろされるのには慣れていないんだ。最初は駆逐艦たちが怯えていたようだったけれど、すぐに興味の対象となったみたいだ。彼が質問攻めにされる日も遠くはないだろう。
 そんな変化の最中にも海はすっかり春めいて、穏やかな熱と甘い風はじきに私の心をすっかり落ち着かせてくれた。それはいつも通り、今まで通りに、平和ではなくても変わらない日々が続くものだと思わせてくれる温かくて清々しい時間だったんだ。戦うために生まれた私がこんな時間を過ごせることをありがたく思ったし、私はそれを享受した。そして、この春も悔いのないものにしようと心に決めた――だが波ばかりは春であっても穏やかになりはしないことを、私は忘れていたんだ。





スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。