そうだな……二月の中頃か。三日月宗近が私に接触してきたことがあった。その時に私は恐ろしい話を彼から聞いたんだ。彼との約束だから話の内容は語れない。瑞鳳と私、それからもう一人にそれを知らせたいと言っていたから、私はそれを陸奥に伝えるように頼んだ。私の名は瑞鳳が出したらしい。だからきっと陸奥も同じ話を聞いているはずだ。
 内容はあまりにも唐突で突飛で、ほとんど話をしたことのない三日月宗近から聞いたそれを疑うのには理由が十分過ぎた。私を騙し鎮守府を掻き回すつもりなのかと勘繰ったとしても仕方なかっただろう。だが私はその気にはならなかった。その理由は何より、その話を伝えるべき者として私の名を出した瑞鳳がその話を信じたに違いないということだった。もし彼女がそれを取り合う必要の無い話だと判断したならば、彼女は私の名を挙げることは決してしなかっただろう。そうとも、私は瑞鳳に全幅の信頼を寄せている。ならば瑞鳳が真と判断したことを、私が疑う必要は無いだろう?
 尤も、それは三日月宗近の真摯な態度と、深く燃える瞳の色を認めた上でのことだ。私の部屋を訪れた時の柔らかに微笑む姿と、私を前に居ずまいを正した時の、まるで目の前の悪を睥睨した先に在る私を見つめるような、研ぎ澄まされた気配。私が彼の話の真偽を見極めようと必死になっていたのと同時に、彼も自分の話を信じてもらうことに必死だったのだろうな。何故ならその話というのは、我々の協力と――場合によっては犠牲を、我々に求めるものだったからだ。そして、我々はその話を知らぬものとして過ごさねばならないようだった。ああ、私にはそれが何より難しいように思えた。
 だが、その理由もその言葉も、私を納得させるのに不足はなかった。長い話だった。しつこくすらあった私の質問に、彼は時折言葉を選んで言いよどみつつも丁寧に回答してくれた。ならば私は、彼のその行動に応えるべきだろう。三日月宗近が一つの可能性として予め言ったように、もしそれがただの徒労に終わるならばそれはそれでも構わない。これから渡らんとする橋があまりにも細いものであることを私は理解した。どうなるかは分からん、と彼は言った。保証はない、とも言った。だがかつて限りなく低い可能性の中で戦った私がその不確実性に臆することはない。
 その話を聞いた翌朝、司令官が本丸へと発ったのを確認した私は瑞鳳を散歩に誘った。無論そのことを話すためだ。司令室では誰が聞いているか分からないからな。以前司令官が言っていたが上層部の人間による盗聴もあるかもしれない。私が三日月宗近から話を聞かされたことを瑞鳳は知っていたのだろう。すぐに察し、待ち合わせの時間になると卵焼きのぎっしり詰められた重箱を抱えて現れた。彼女が作りたかっただけかもしれないが、一種の擬装でもあったのかもしれない。私たちは海に出て手頃な岩に腰掛けて語った。
 話題は勿論、ほとんどが三日月宗近に聞かされたことについてだった。瑞鳳の焼いてくれた卵焼きを頬張りながら、それから持ってきたお茶で喉を潤しながら、我々は日が高く昇るまで共に過ごした。瑞鳳も私も何度か言葉を失って水平線を眺め、不安に押し潰されそうな思考を何度も宥めたものだ。この話を共有する最後の一人に陸奥を指名したと伝えると、瑞鳳は「最良の人選ね」と胸を撫で下ろしていたな。
 それから我々がもう一つ心配しているのが、初春の様子だ。彼女もかなり以前からこの鎮守府にいる駆逐艦の一人だ。初春の改二設計図が届けられた後は主力の一人と言っても差し支えないだろう。普段なら他の駆逐艦たちに比べて落ち着いている彼女が、このところ妙にそわそわしている。昨日一緒に出撃した時は平静を装っているように見えた。初春は目の前に恐怖があるわけではないと言っているんだが、これが続くようなら戦闘どころか普段の生活や訓練にも支障が出かねないだろう。長く連れ添った戦友がそのような状況であることは非常に心配だ。瑞鳳も気にかけているらしい。
 初春はあの独特な語り方で、「胸騒ぎがするのじゃ」と呟くとしきりに遠くを見つめていた。司令官とも一度話したらしい。ならば我々が不要な詮索をすればそれを悪化させかねないな、というのが瑞鳳と出した結論だった――その胸騒ぎが、三日月宗近の話と関係ないことを祈るばかりだ。
 話の内容は穏やかでなくても、何故か晴れやかな気持ちになった時間だった。誰を憚ることもなく心からの言葉を交わすことができたから、と私は思った。また陸奥を交えてこの話をしなければならんだろう。だが私の決意は固まっていた。こうして誰かと海を見つめ続ける時間は、この海が荒れていてもあの空が翳っていてもかけがえのないものであることを、二度目の生とこの身体を得た私は知ってしまったんだ。



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