そうだ。冬の作戦の話がまだだったな。三日月宗近の話を聞いた陸奥や未だに様子のおかしい初春も、冬の作戦では大きな功をあげたんだ。私と瑞鳳の功勲は言うまでもないだろう?敵を多く撃沈させ、今回の作戦に参加した司令官は勲章をもらっていた。当然だな。作戦期間中、司令官はあまり本丸に行くことなく指示や許可を出し続けた。今回、司令官は作戦の完遂とは別にも目標を持っていたからな。そのために私は後半の作戦行動からは外れざるを得なかったんだ。潜水艦が多く現れる海域だったから、叢雲や初春を含めた駆逐艦たちと阿武隈が近海への出撃を繰り返していたよ。おかげで我が鎮守府にも明石と大淀を迎えることができたんだ!
 特に初春の活躍は素晴らしいものだったぞ。近海に出現した敵潜水艦を一隻ずつ確実に沈める姿は無駄のなく美しいものだったと聞いている。私と共に出撃した海域でも、一番小柄な彼女は戦場を縦横無尽に駆け回り、夜戦においては敵旗艦や戦艦を見事に沈めていた。頼もしい戦姿だった。
 だがやはり初春は何かを感じていたようだった。私には何も感じられなかったのだが、以前よりその匂いは強くなっていると言っていたな。鎮守府のものではない匂いがして、それが穏やかならぬものなんだそうだ。私にはそれを初春の杞憂だと言うことはできなかった。だから私はそのことを司令官に相談することにしたんだ。
 中臣一人と話ができるよう、失礼を承知で私は司令官を部屋に呼んだ。初春の様子が普段と違うのだが何か心当たりはないだろうか、とな。すると司令官は「不自然な話なら、心当たりがないこともない」と、刀剣男士が住まう世界で起きたことを私に語ってくれた。潜水カ級と思しきものが彼らの世界に現れたと言う。我々の住む世界と彼らの住む世界には境界が存在するのだが、その垣根を敵が越えはじめた兆候なのではないかと中臣は言った。私がそのことを初春に伝えたのかと問うと、それはまだだというのが答えだった。私はそれを初春に言ったほうがよいのではないかと中臣に提言し、中臣はそれに賛同してくれた。
 司令官に話の礼を伝えて見送ったあと、私はこれまでに経験したことのない寒気を覚えた。辺りのことが何もかも不自然に感じられたんだ。そうだな、急に司令官に護衛がついたことも今思えば不自然だったが、その護衛本人から理由を聞かされた私はそこに疑いなど持たなかったさ。むしろ三日月宗近が語ってくれたことと違わぬことが起きはじめている、そのことが私の警戒を強めて、些事を憂慮する隙など私に与えなかったんだ。初春の言う違和感が私の聞いた話と関係するものなのか――私は三日月宗近に問うことにした。
 私が三日月宗近と接触するには都合のよい状況になっていた。彼の周りには好奇心旺盛な娘が集まり、物珍しい話を聞くために彼を引っ張りだこにしていたからな。その輪の中に私が一人増えたところで気にする者なんていないだろう?彼はその中心で自分の事を時々「じじい」と言って笑っていた。なるほど、孫に昔話を語り聞かせる年老いた紳士の佇まいに違いなかったな。私が近くにいることに気づいた彼は何食わぬ顔で「そこな娘」と私に手招きしたので、私はそれに従うように彼の傍へ近寄った。
 どうやら三日月宗近の方も私に用があったらしかったな。私の長い黒髪を気に入った、と適当な理由をつけて息の音の聞こえるような距離に私を座らせ、隙を見て二言三言、彼は私に耳打ちをした。深夜、外で落ちあうための場所と時刻であると私には容易に分かったさ。三日月宗近は冗談を言いながら私を適当に解放し、何事もなかったかのようにまた話に花を咲かせていた。司令官と一緒にいることの多い彼には、私が一人でいる時分を知ることは簡単だったのだろうか。私は彼の機転に感謝した。
 指定の時刻に外に出るとそこには瑞鳳と陸奥もいた。三日月宗近が人の集まりやすい食堂にいたのは我々に都合よく声をかけるためだったのだろう。春になりつつあるとはいえ、夜はまだよく冷えた。私にはそれが程よい心地よさにも感じられるのだが、と三日月宗近を案ずる言葉をかけると、彼は「俺が作られた時代より暖かい」と意味の分からない比較をして笑っていた。
 彼は一応の状況確認をしておきたかったようだった。それに初春の件も当然彼の耳に届いていたし、司令官に初春と話をするよう最初に持ちかけた陸奥も、司令官とよく話をしている瑞鳳も、当然初春のことを案じていた。だから私は愚問かもしれないがと前置きをして「初春の感じる違和感というのは件の問題と関係しているのか」、話の終わりに彼に問うたんだ。
 三日月宗近は少し無言で考えていた。そういう話は初めてだと彼は言う。普段なら本丸にその手のことに詳しい刀剣がいるんだそうだが、今は任務で月末まで本丸を出払っているから尋ねることもできないとも教えてくれた。その刀剣が帰って来たなら訊いておこう、と三日月宗近が言ってくれるので私は初春の件を彼に任せることにした。月末には帰っている予定なら思ったよりも長引いているのだろうか、一日でも早くその刀剣が帰ってくるのを待つばかりだな。
 私がそう溜息をつくと、ぴくりと眉を動かした三日月宗近に今日は何日だったかと問われた。三日月宗近は時が経つのに誰よりも敏感でありながら、時の流れには誰よりも鈍感なようだった。陸奥が「三月の七日よ」と答えると彼は「そうか」と意味深に呟き――そのまま私には理由の分からぬ沈黙を続け、ただ暁の空を眺めていた。


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