人の気も知らないで。
 英雄様はまた戦場へ向かうのだ。私を置いて、私の手の届かないところへと。
 もう彼には私のことなど見えていないに違いない。その暗い色の鎧の内側には収まりきらぬ栄光は、まさに人々の希望、英雄そのものの光だ。かつての友が、その眩きを見送る私を振り返ることはもうない。
ㅤ双頭と並べ評されていても、彼は英雄、片や私は――握りこんだ籠手の内側で湿った指先が震える。この震えの理由が怒りであり、悔しさであり、恐れであると、他ならぬ私自身が一番よく解っていた。その震えは誰にも悟られてはならぬとただ手の内で押し隠す。
 人は私を冷徹な軍師と言う。世が、王が、そうして私の非情を評価し求めるならば、私が英雄の背を見ながらこうして握り締める惨めを、孤独を、誰にも知られてはいけないのだ。心の内を語ることのできる唯一の友であると思っていた男さえ、その男こそが、あまりに遠くへ行ってしまった。
 常に身に付けていて忘れていたペンダントの重みに今更心煩わされる。この誇りと誓いを今すぐ引き千切り投げ出して、この身から遠ざけてしまえばどれほど楽になれるのだろう――国を守るという使命のもと、ただ共に歩みたかっただけなのに。同じペンダントを預かった彼と二人で同じ使命を分け合っていたあの頃、この重みの半分は喜びと希望でできていた。
 しかし、あの男は行ってしまった。隣を歩くには、追いかけるには、眩しすぎるところへ。
 城の扉が閉まるまで見送ったその大きな背に、せめて勝利と無事の帰還を祈る一言でもかけてやるべきだったのかもしれない。しかし彼との距離を思うとそれすら憚られるほどに。否、躊躇われるほどに、遥か先で世界を照らし続ける彼の隣を往くことを、私は諦めていた。
 あの誓いの日を回顧してこの胸に鳴り響くのは、どれだけ望んでもどれだけ求めても届かぬものへの執着、手に入らぬ憎悪、それを友に打ち明けることを許さぬ自尊心と虚栄、ただ一人に認めさせなければと焦る功名心。これは全て、全て、あの男が私に抱かせた黒小包だ。
 焦れば焦るほど、光色の鎧の内側で荒れ狂う黒い感情が剥き身の私を染めていく。私はそれを自覚しながらも敢えてその濁りに抗おうとはしなかった。友であった彼の男の目にもう私が映らないのならば、如何なる手段を用いてでも出し抜いて遥か先に至り、私の背こそを彼に追わせてやればいい。この胸中で期を待ち囁きかける暗き炎さえも糧としよう。一人で進むのだ、認めさせるために。隣へ並び、前をゆくために。今に見ていろ。私は私なりの方法で貴様を超えるのだ!
 今すぐにでも叫びそうになる内なる獣を抑えて取り繕い、玉座の間へと戻る。普段通り上辺だけを整え激情を隠した。造作もないことだ。王を前にしてますますその鎧は堅く強固に仕上がっていく。私がどれだけ焦ろうとも、王からの信頼だけは確かなものとしてこの胸から離れることはないのだから――それに応えるため心を押し殺し取り繕う鎧の肩に、私の知らぬ「王」の指が触れた。


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