「四条。おまえはどうしてそこまで俺にこだわるんだ」
 肩に大きな手が添えられている。撫でてほしい、その熱に身体を擦り付けたい。それをぐっとこらえて、真面目すぎる相棒の声と言葉にだけ意識を傾ける。
 「……こんなものまで持ってくるほどなのか」
 動かされた手が、指が、首に触れる。そのうちの一本が首輪に沿う。震えそうになるのを抑えて、起き上がっている相棒の半身に身体を預ける。
 聞き慣れた声が今は自分だけに向けられているというだけで、こんなにも満たされるのは何故なのか。あのとき、銃口が自分に向けられた瞬間にも、このまま撃たれて死んでも構わないとすら思った自分がいた――それでも俺が生きているのは、撃たれるのならば、蜘蛛の毒に侵されていない本心に殺されたいと願ったからだ。
 自分でもどうかしていると思う。
 一回りほども年下の、どちらかと言えば後輩ともいえる相棒に、自分の何もかもを委ねたいと密かに願っているなんて、本当にどうかしている。いつも隣にいてくれた相棒が遠い、もう戻っては来ないのかもしれない、それだけのことで、正常な思考と判断を欠いて、彼を引き戻すために躊躇なく悪魔と二度目の契約を交わしすらした。
 「ああ。そうだよ」
 温かい身体に触れているとまた涙が溢れそうになる。戻ってきてくれた。また一緒に仕事ができる。突き放さないでいてくれる。その事実があまりに嬉しくて、しかし脆い。彼を取り戻すためにしたことは、組織の人間として、ブラックハウンドのイヌとしては、必ずしも正しくなかったという確信がある。いつかその咎めがあるとしても、俺には、代わりのきかないこの相棒が必要だ。
 「理由は分からない。『どうして』に答えられる明快な理由は、持ち合わせていない」
 このまま甘えていては嫌がられるだろうか。いや、それよりも、このまま抑えきれなくなって想いを発露させてしまうのが怖い。俺はきっと何かを間違えている。仕事の相棒でしかない彼に、俺はあまりに大きなものを求めている。そう分かっていても、身体を離そうと思うよりも、優しく首に触れる指が、近くて、もっと強く欲しくてたまらない。
 「大切なんだ。おまえが」
 抱え込んだ想いを伝えることで彼に去られてしまうくらいなら、それを抱え込んだまま生きていく方がいい。傍にいて、俺を見ていてくれるなら、何もないより遥かに幸せだ。
 だから、そんな言葉に留める。
 「****」
 何もかもが愛しくて、しかし恋ではないのだと、それを説明できる言葉も見当たらない。全てを委ね託して、奪われたいのだと告白してしまう代わりに、彼の頼もしい身体にこっそりと頬を擦り付けるに留めて我慢するのが、今の俺の精一杯。
 それだけでもいい。真面目な相棒に向ける情としては、俺のどうかしている気持ちはきっとあまりにも重すぎる。だから、伝えたい想いをこんな言葉で整える。
 「おまえがいないと、ダメなんだ」



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