――目を覚ますと、いつもの男がいた。
 「四条」
 朧気ながら覚えているのは、押し潰すような怒りと憎しみに割り込む熱があったことだ。戻ってこいと差し出された手があったことだ。
 「どうしてそこまで俺にこだわるんだ」
 身体を起こしてみると、今朝よりは幾分マシになっているようだった。これまで飲み込んできた問いを初めて口にしながら、頼りない表情の肩へ手を伸ばすと、その下で四条の肩がピクリと動き、唾を飲み込んだのが分かった。
 俺が必要だとか、一緒にいたいとか、そんな子供の駄々か愛の告白のような、恥ずかしい言葉の数々をいつも容赦なく浴びせてくるくせに、こうして近づくとその度に四条は苦しそうな顔をする。四条の一途さに助けられた今、彼の親愛の言葉を疑う余地などないが、四条の態度にどう応えるべきなのか時々分からなくなる。
 「……こんなものまで持ってくるほどなのか」
 この首輪にしたってそうだ。再び俺が一人でどこかへ行かないようにと、「俺の首に」括りつけようというのならば、受け入れるかどうかはさておいて一先ずその気持ちを理解はできる。四条が俺と一緒にいたいと言うならば、今回のことの恩と詫びと、その心への答えとして、彼が飽きるまではこのまま相棒で在り続けたいとは思うのだが。
 四条は自分の首を差し出した。四条は俺を繋ぎ止めることではなく、俺に繋がれることを望んだのだ――こうして無防備に、被虐的に。一度は銃口と憎悪と明確な殺意までもを向けた俺が首に触れても、拒むどころかむしろ肌を寄せてくる。求められているのは、人肌の熱なのか、俺がずっと四条の傍にいる保証なのか。
 「ああ、そうだよ」
 また、何かを押し殺した返事だ。
 子供のように泣かれるのも、犬のように甘えられるのも、四条という男の扱い方が未だに分からない俺には難題ではあるのだが、この声がどこから溢れ出てくるのか分からないことが何よりもどかしい。
 「理由は分からない。『どうして』に答えられる明快な理由は、持ち合わせていない」
 続く言葉は、誤魔化しに聞こえた。
 「大切なんだ。おまえが」
 それが外殻でありながら紛れもない事実で、それでも外殻でしかない、中に渦巻く深いものを覆い隠す形容なのだということだけが察せられる。せめて四条が愚直で考えの浅い男なら、事件の犯人を誘い出すかのごとく、言葉に秘められた内側を覗き見ることができるのだろうに。
 「****」
 これが、単に親愛を囁く男の声なものか。未練のあるのに別れを告げるかのような、耐え難い苦しみを湛えたその震えはなんなんだ。
 問うても答えてはくれないのだろう。そういう男だ、四条がそれていいなら俺はそれを不愉快には思わない。答えてくれないのなら、いつも通り偽りはない四条の言葉を信じていよう。
 「おまえがいないと、ダメなんだ」
 俺はただ首に触れたままでいる――そうだろうとも、四条。多分、おまえは真に求めるものを、ひとつも得てはいないのだから。

 
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