今は何時だろう。体内で接続している時計を確認するまでに一秒ほどを必要としたのは、予定外の目覚めで意識が曖昧だったからだろうか。午前四時十七分。男性は加齢と共に長く眠れなくなるとは聞くが、電脳で制御された身体にも同じ変化が訪れたのだろうか。目を閉じてぼんやりしていたらまた眠れるだろうという期待も虚しく頭は冴える。しかしながら活動を始めるにはまだ早く、腕には布団以外の重みが乗っている。動いて起こしてしまっては可哀想だ。今日の仕事に急ぎがないことを確認すると、ちらりと目を開けて隣を伺った。
 穏やかな寝顔だ。腕利きのニューロ、共に最強コンビと恐れられる実力を持ち合わせているというのに妙に大人しい男。もし自分と出会ってさえいなければ、彼はこれまでの仕事で得た資金で平穏な毎日を送っていたことだろうに。それを思えば――この男が自分のことをどう思っているかは知らない、いや、分かっているつもりだが、然しもの俺でも少しくらいは申し訳ないと思って当然だろう?
 出会った頃ならまだこの男はいくらでも間に合えた。引き返せたし、平穏な道を選べた。だがまあ、自分という存在があろうがなかろうが、彼は結局このうすら寒さと熱の中に飛び込んでいたような気もする。この細くて力なくも温かい指は、俺が離せばきっとすぐに凍りついてしまう。その時に俺もまたどうなっているかは想像するに難くない。離れるときは、二人が死ぬときだ。
 悪くない。俺はそれでいいと思う。静かな静かな寝息の傍で、全うな生活ができているのはこの男のおかげだし、なにより今はこれが幸せだと思う。
 ふう、と浅く細く息を吐いた。
 色々と考えていると余計なことも頭に浮かんでくるもので、起こすのは可哀想だという気持ちと少しぐらい構うまいという気持ちとが半々、妙な躊躇と熱が喉元でせめぎあっているのが分かる。彼の自尊心のために掴まれた腕をそのままにしてやろうなんて中途半端な枷はぷちんと千切れ、あとは自分の良心だけがこの静寂を守っているだけだったが、迷う間もなくそれを破ってしまうことが決まった。決まったのだから仕方がない。掴まれた腕を軸に身体を回して、男が起きたか起きないか、抵抗の意志が湧かないうちに乗り上げる。
 悪ぃな。
 心の中で少しくらいは謝ったが、俺に捕まった時点で運がない。そう思って諦めてくれ。
 「起きたか時雨!一発ヤろうぜ!」
 



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