一通り見回りをして刀剣男士たちを労いながら部屋に戻ると、敷かれたままの布団と、その上に白い方のじじいが残っていた。しまった、今朝縛ったまま完全に忘れていた。道理でどこにもいなかったわけだ。
 「……こいつは驚きだなあ……俺が一体何をしたっていうんだ、全く動けないんで退屈で死んでしまいそうだったぞ……トンチキも程々に頼むぜ?」
 苺大福。と試しに言ってみると露骨に表情を変えた。やはりおまえの仕業か鶴丸国永……いや、知ってた。それより随分愉しそうだな三日月じじい。蛇の道は蛇、というわけで鶴丸はじじいに任せて布団をしまうことにした。俺より後にこの部屋を出た何人もが鶴丸を目撃したに違いないのに、誰一人として彼を助けなかったというのが面白い。親切な一期一振も他の誰かに止められたに違いない。
 「三日月」
 ただ笑いながら見下ろしているだけの三日月宗近に鶴丸が呼びかける。
 「鶯丸を見なかったか?」
 「ははは、出陣したぞ。用でもあったか?」
 笑ってないで解いてくれよ、と言われたじじいにその気はないらしい。俺は黙って布団を片付け机に帳簿を並べる。
 「あぁ……そういうわけじゃない」
 後ろ手に縛られ足も動かせない鶴丸は床に顎をつけてぼーっと正面を凝視していた。
 「ここんとこ主の傍にいることが多いだろう。何してんのかと気になったんでな。近侍の座でも狙ってるのか?」
 本日二度目の尋問に遭うじじい。頑張れ鶴丸、相談など全くしていないのに同じ違和感に気づいたその敏感さには俺も驚いたぞ。うまいこと何か聞き出したら主がその帯を手ずから解いて差し上げようか。
 「近侍?まさかな、はっはっは」
 「だよなあ……」
 鶴というより芋虫のような状態の鶴爺はごろごろと畳の上を転がり始めた。じっとしているのが性に合わないのか。
 「鶯丸と一緒にいたのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだな。まさか、あれか?」
 「ふむ……あれ、とな?」
 「恋か」
 どう反応していいか分からないでいるとハイパーレア爺の爪先が鶴丸の腹にクリーンヒットしたのが見えた。あれは痛そうだ。じじいといえど三日月宗近は並大抵のじじいではない。というより、じじいとは何だったのか。
 「っだ、すまんすまん!冗談だ!」
 「はっはっはっは」
 じじいこわい。今日俺はこのじじいの機嫌だけは損ねてはならないと学んだ。鶴丸は犠牲になったのだ。
 「……じゃあどうしてだろうな」
 芋虫じじいはとうとう転がされはじめた。完全に三日月宗近の玩具にされているようにしか見えない。あっちへごろごろ、こっちへごろごろ、見ているこちらの目が回りそうになるのだが、刀剣たちには三半規管というものが搭載されていないのだろうか。
 「なあ三日月」
 「ん?」
 じじいの道はじじい。
 「そんなに主が心配か?いつも余裕のある三日月宗近さんともあろう人が……珍しいこともあるもんだ。驚きだぜ」
 「年寄りには心配事が尽きないものだ」
 三日月宗近はそう誤魔化していつものように優雅に微笑むとそれ以上言葉を続けることはなく、芋虫を転がすのも飽きたのだろうか、しなやかな指先でしゅるりと、鶴丸の白く細い手足を縛る帯を解いてやっていた。


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