昼を少し過ぎて退屈なじじい二人が部屋で寝息をたてはじめた頃、そういえば何故俺は三日月宗近と鶴丸国永をはじめとする霊格の高い太刀を出陣させていないのだろうと一人首を傾げていると、それを咎めるかのようなタイミングで総本部からの連絡が入ってきた。
 「新任審神者支援のお願い」
 新任審神者に新任審神者の支援をさせるとはどういう了見なのかと文句を垂れつつ文中のページロケータから自分の戦績を確認する。どう頑張っても言い逃れはできないくらいには成果が書き連ねられていた。
 観念せざるを得ない。
 しかし支援と言われても一体何をすれば良いのやら。他の本丸に赴いて指導できるような時間も能力も俺には――と思っていたら、刀剣男士の派遣がその内容であった。戦闘介入をさせることは禁止するが、遠征や内番の指導や幼い刀剣男士の教育のための人員確保に協力せよというのだ。条件は刀剣男士の霊力が十分であること、また指導が可能な程度の適正をもっていること。
 いびきをかいて眠っている三日月じじいと鶴丸じじいを見てすぐに視線をメールへと戻した。霊力はともかく指導適性はどうみても皆無、一人で苦笑いをしてみる。俺の心の声が聞こえていたのか三日月宗近の眉がぴくりと揺れた。
 「入るよ」
 直後、障子の向こうから歌仙兼定の声。三日月の反応は彼の接近に気づいてのものだったのであろうか。彼が名の知れた名刀の主ともいえる存在であり、ただのマイペースじじいではないことを俺は今更ながらに思い出す。
 それにしても雅マンがどうしてここに来たのだろうか。任務を失敗したのでもなければ普段の彼は報告になど来ない。出陣や資源管理などの記録も几帳面な彼がつけているから、俺はそれを毎朝確認する程度で十分なのだ。
 「出陣は無事に終わったんだけど、少し気になったことがあるものでね。君がお取り込み中でなければ話をしたいんだが、どうだい?」
 どうぞ、と答えると雅マンは眠るじじいを他所に腰を下ろし、居ずまいを正した。余程真面目な話なのだろうか。そうとは限らないが無意識に俺の背筋も伸びる。
 「君の命令通り元弘の世の博多へ出陣してきた。和泉守のが刀装を一つ壊してはきたがその結果は上々だよ」
 またあいつか。別に刀装の一つや二つ失ってきたところで咎めることなどないのだが、またあいつか。
 「安心するといいよ員信。その分は補充しておいたからね」
 それは何より。俺が指示する前に判断してくれるなんて流石は文系である。というよりも、その程度の信頼関係が十分に築かれていることに喜びを感じる。出会ってしばらくは俺が彼の名前に気後れしてぎこちない関係が続いていたが今ではそれも嘘のようだ。そこのじじいのように密着してこないし、大倶利伽羅のように殺気立った目で睨みつけてはこないし、大和守安定と小さな喧嘩をした後の加州清光のように泣きついてくることもない。
 「それは助かった。で、気になったことというのは?」
 「ああ……改変部隊の首を全て落とし終えた後の話なんだけれどね」
 妖怪風流に首おいてけマンはじじい二人を気にするかのようにその寝姿へと何度か視線をやっていたが、俺が軽く頷いて促してやると話を続けた。
 「潮の香りに惹かれて海を眺めていたんだ。同じ海といえど所変われば違って見えるからね。砂を攫って還る波の打つ様はまるで水晶が砕けるようで、珠のように清らかな瞳の君に届けたいほど風流だったよ」
 いや、俺もう海はいいわ。そこも海だし。
 紫ワカメの雅な前置きが若干口説き文句くさいのは、彼が文系を自称するものの、男女の仲が如何なるものであるのかを「知っている」わけではないからなのだろう。多分「雅だから」くらいの気持ちで言っている、この男は。
 「それはまた随分と雅な時間だったな」
 「楽しませてもらったよ……ああ、それでね。その波間に人の首が浮かんでいるように見えたんだ。鯨か何かかなとも思ったんだけどね。あんなものは今まで見たことがない。もう少し海を眺めていたかったがそれがあまりに不気味だったから、君に早く伝えたほうがいいかと思って帰ってきたというわけさ」


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。