波間に人の首。随分と不気味なことを躊躇いもなく口にするあたり妖怪首おいてけである――という冗談は置いておくべきだろう。思ったより不気味な案件だ。波間に、首。一つ心当たりがあるとするならば、それは、いつかの作戦が終わった後に重巡洋艦の青葉が見せてくれた、一枚の白黒写真。
 「そのことなんだ。それが何か分かるかい?僕はね、員信。それが主や僕たちに危害を加えうるものかどうか知りたいんだ。もしそれが敵なら、次に見つけた時は僕たちを襲ってくるかもしれないだろう?」
 「心当たりがないと言えば……嘘だ」
 俺が考えを纏めているのを歌仙兼定は急かすことなく待っていてくれた。しばらく沈黙しているうちに三日月宗近が起き上がるかさりという衣擦れの音が聞こえたが、俺はそれを顧みていられるほどの余裕を持ち合わせていない。
 「歌仙」
 なんだい、という穏やかな返事。
 「……そのものの見た目は覚えているか?」
 「もちろんだよ。目利きと同じようなものさ。その姿絵か何かを持っているなら、似ているかどうか見てあげようか」
 それなら、と端末に手を伸ばした。青葉の見せてくれたその写真のデータか、それに似たような資料くらいなら残っているかもしれない。いくつか特徴を聞くと俺の想像通り、まさにそれと思われる画像を発見することができた。本当は、それでないことを、願っていたのだが。
 「これか?」
 風流男に画面を向けてやると彼は少し画面を見つめた後「いかにも」と答えた。波間に浮かぶ首。首だけではなく、救いを求めるかのように手を伸ばす白い肌。
 「近くで見るとなお不気味だね。それでこれは一体何なんだい?素潜り漁師には見えないけれど」
 説明するのも難しい話だ。だいたい俺自身この生物、いや生きてすらいないかもしれないこれが何であるか知らない。それに彼の目にはこの世界そのものが、そしてその全てが、真新しいものに写っているにちがいない――実際にはそうでないという現実が在りながら。
 「少し遠回りになるけれど、分かり易い様に話そうか。長くなっても構わないか?」
 頷く歌仙兼定と、寄り添うように傍に座った三日月宗近。体を起こそうとはしていないものの、目を覚ました鶴丸国永の金の瞳がギラギラとしていることに俺はやっと気づいた。
 「おまえたちは……俺の、審神者の役目を知っているな?知っているからこそ、応えてくれた」
 ここにきた時は一人だった。新任者のサポートのために来ていた本部の人間に指導を受け一通りのことを教わって、彼に付き添われながらも小さな神と、魂と対話した。無意識の対話で理解を得た魂の名前、それが「歌仙兼定」。
 その名を得た「資材」が名刀となり、その「刀」という現世との繋がりを得た刀の魂は人の形を成して現れる。刀と身体は二つで一つ。刀が滅びたならば身体も滅び、身体が滅びたならば刀も滅ぶ。忘れもしない。美しく鍛え上げられたその刀に遠慮がちな俺の手が触れたその刹那、魂の在る世と現の世とを繋げた媒介者である俺の前に現れたのが歌仙兼定であった。
 歌仙兼定だけではない。ここにいる刀、刀剣男士たちは皆、そうして俺の心に応えてくれた。反抗的であっても、移り気であっても、俺が媒介者であるというだけの理由で彼らは審神者を「主」と定め共に在り、時に従ってくれるのだ。
 魂とうまく対話できないこともある。すると、今まで理解を得たことのある魂の名を得た刀が再び仕上がってしまう。その名を持つ魂が既に現世に存在している場合、二振り目の刀は主たる魂を持てない――そのような刀は、刀解して資源に戻してやるか、その僅かながら貴重な霊力を他の刀に与えてやるのが普通だ。
 「全ての元凶は時間を跳んで過去に戻るという技術が生まれてしまったことだ」
 無論その技術は早々に封印され情報は隠された。だが、その秘がどこかで破られたのか、或いは他に技術を得た者が現れたのか。過去の世界において歴史を改変しようとする動きが現れたらしい。小さいものながらそれが行われていると警鐘を鳴らした人物――彼は審神者と呼ばれる職にあった。資源と科学の限界を迎え文明が停滞する世界の中で、かつて人間がそうしていたように神を祀り、その神託を得る。細々と受け継がれてきたその役割を果たすときに、彼は神の言葉によって、歴史が改竄されてゆくその事実を知った。その神託の主は小さき神であったかもしれないが、その言葉は十分信用するに値した。この世界は非効率と非科学の世界に還りつつある。神の言葉は、今や重要な標であるのだ。


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