「そうだね。僕は……今は『僕たちは』か。僕たちは、主の名や僕たちの活躍を不当に変えられてしまうのが嫌で戦っている。残ったものが不名誉で残酷で悲愴な物語でも、生きた証を変えるなんて風流じゃない」
 歌仙はやれやれといった風に首を横に振った。三日月と鶴丸は口出しこそしないが、考えることが違うじじい二人も持っている結論は同じなのだろう。
 「そ。過去は変えるべきものじゃあないという点では俺の考えも同じだ。どんな力を源に、どんな考えのものが、何を目的に歴史の書き換えをしようとしているのかは知らないけれど」
 それが分からないということが一番気持ちが悪い。
 「本来の歴史に存在するはずのなかったモノ、それが目下僕たちが戦うべき相手だと君は言っていたね」
 「その通りだ。ところで、俺がここと鎮守府の提督を兼任している……ということは話したことがあったな?」
 鎮守府、提督、というものがそもそも何であるか説明した相手は限られているが、少なくともここにいる三人――近侍の歌仙兼定、好奇心旺盛で俺を質問責めにした鶴丸国永、それを横で聞いていた三日月宗近――は事情を知っている。
 「おいおい、そりゃあないだろう……!」
 今まで黙っていた鶴爺が息の交じる声で小さく叫んだ。
 「まさかその首が『そっち側』の奴だなんて言わないよな。艦娘ってのはそんな気持ち悪いのと戦ってるのか!」
 解説ご苦労。全くその通りで俺が補足する余地もない。彼らが「不気味」だの「気持ち悪い」だのと言っているソレの名前は深海棲艦。もっと言うなら、潜水カ級。
 「これまで深海棲艦がこちらに来ることはなかった。過去の任意の時間と場所に行くための基点を持っているのは現状本丸だけだ。我々が戦っている相手がどのくらいの技術力を有しているかは分からないが、もしそれを使っているのならば」
 「それはかなり厄介だね。すると員信、今まで君が両方面で敵にしてきた相手が協力している可能性もあるということだろう?」
 そうじゃないと言いたいところだが可能性を完全に否定することはできない。可能性としてはないとは言いきれない、と返答するに留めた。そんな絶望的な状況なんて考えたくないと言ってもいいかもしれない。
 「本部に連絡を入れなければな。もしかしたらおまえも聴取を受けることになるかもしれない」
 「疑われるのでなければ僕は構わないさ。ああ、そうだ……君がシンカイセイカン、と言ったかな。万が一僕らがそれに襲われた場合、返り討ち、とまでは行かなくても対抗することはできるかい」
 牛と競争する蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。
 そんな言葉があった気がする。もう三百年ほど前のものだろうか。他になんと言っていいかも分からなくなった俺は思い浮かんだその一節を口に出してみた。
 艦娘たちが刀剣と戦うことはできないように、刀剣たちが軍艦と戦うことなどできない。彼らは「武器」でありながら人の姿をとっているのだ。武器としての相性如何の問題ではなく――人の姿で、敵を討つのに適さない武器で、おぞましいモノに戦いを挑むことなど許すつもりはない。
 「そうか。もしまた見つけたら逃げることにするよ」
 「皆に伝えておかないとまずいんじゃないか?驚くどころか怖がるだろうから短刀たちには言わないほうが良さそうだが、海が近いところに行く隊には必ず知ってる奴がいるようにしないとな」
 化物猫の掃討作戦のために鎮守府の資源が減ったことなどどうでもよくなった。誰がどうみてもそれどころの問題ではない。雅マンと鶴じじいにそれぞれ頷いた俺は行動するために立ち上がる。
 「本部から連絡が来るまではおまえたちも何も言ってはいけないぞ。指示が来てから協力を頼むと思う……三人とも、今日はもう任務を離れてここにいてくれ」
 気持ちを一度落ち着けようと厠へ向かったら、いつも通り三日月じじいは俺の後ろをぴたぴたとついてきた。普段なら何か言い出しそうな彼が終始無言でいることに何か違和感を覚える。
 「……三日月宗近」
 ひたり、と背後で足音が止まった。
 「俺がおまえをこの世に呼んだのは……いつだった?」

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