三日月宗近の意味深な発言の響き、その残滓が心の中にわだかまったままではあったが、朝食を済ませると俺はいつも通りに任務の遂行を始めた。ルーティンワークをこなすうちにきっと考えもまとまるに違いない。歌仙兼定がいつものように上質な刀装を仕上げてくれたので「流石は風流な男だ」と言ったら「当然だよ」と返された。顔にこそ出さないがかなり喜んでいたのが分かった――彼が俺と一定の距離を保つのは俺を疎んでいるからではないようだ。
 ふと思い立ってキノコ栽培施設に足を向けた。勿論後ろにはじじいがついてきている。俺がここに来て間もない頃、白い布とネガティヴな物言いで第一印象が強烈に残った山姥切国広の、その白い布にキノコが生えていたことがあった。木の根付近に生えているべきキノコが一体どういった経緯でそんなところに生えていたのかは分からない。そのキノコが実はコンプレックス男の前向きな気持ちを吸い取って成長しているという可能性がある。だとすれば危険なので取り敢えず収穫し、果たしてそれが食えるものなのかどうか刀剣たちに聞いてみたら、加州清光が知っていてその名前を教えてくれた。
 チャナメツムタケ、だそうだ。
 とても美味なものだという。
 文明の利器をフル活用して調べてみたら栽培できるキノコだというので、蜂須賀虎徹に呆れた顔をされながらも栽培施設を裏庭に増設した。もし美味いキノコであるならば味噌汁かスープの具にでもしてみたいものである。
 「おおっ、主どの!」
 内番で畑作業を頼んだ鳴狐……の、お供のキツネが物音に気づいて肩からぴょんと跳び下り駆けてきた。初めは腹話術かと疑ったものだがこのキツネ、なかなか饒舌である。腹話術ではなく本当にこの狐が喋っているのだと納得できたのは、キツネが庭で短刀たちと遊んでいたとき、本体が眠っていたからだった。
 「収穫までにはまだまだかかりそうでございますなあ!」
 「百日はかかるだろうよ。もう少し培養してやらねばならんだろうしな」
 まだ芽でも出たなら分かり易いのだろうがね、と苦笑していると誤って培地基材のオガコを吸い込んだじじいが後ろでくしゃみに追われていた。
 「宗近どのは大丈夫でございますか?」
 「ははは、俺は無事――だっくし!」
 平気そうな顔でくしゃみするのはやめてくれ三日月。あまりに情けない現場を見るに耐えないのか鳴狐はこちらに視線すら向けない。
 「ところで主どの」
 キツネも心配をやめたようだ。
 「昨夜わたくしめは眠っておりましたので、申し訳ないことにお役に立てなかったのでございますが、今朝ここに来る時にその話を鳴狐から聞いたのですよう!わたくしめより小さな少女の行方が未だ分かっていないと」
 キツネの言っているのは昨夜の妖精さん捜索のことであろう。キツネが眠っているときに鳴狐だけが動いていることもあるのか、と場違いなことを一瞬考えた俺がどうかしていた。問題はそこではない。
 「心配でございますなあ」
 「……心配だな」
 鳴狐がキツネを拾うように抱き上げてほんの一言だけ発した。彼がいざ言葉を口にすれば一言ずつの重さと感情がひしと伝わってくるようだ。言葉少なではあるが鳴狐がとても優しい男であることを、俺も、刀剣たちも、よく知っている。昨夜俺の前に姿を見せはしなかったが人知れず捜索を手伝ってくれていたことを知り、普段は物静かな彼を誰よりも頼もしく思えた。
 「大丈夫だろう。彼女も弱くはないからな」
 「ええ。無事を祈っておりますよう」
 キツネなりの笑みを見せる彼を撫でながらも鳴狐がちらちらと俺の後ろの様子を窺っていたこと、その視線の先にあった三日月じじいが何か考えていたことに気づかないまま、一人と一匹に礼を述べて俺は栽培室を後にした。


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