じじいと連れションというどうにもならない絵面。
 俺はいつから彼と連れ立って厠へ行く仲になったのだろうかと思うと冷たい風が凍える足元を通っていくような悲しさがあった。繰返すようだがじじいが嫌いなわけではない。気になるのは最近の三日月宗近の行動がストーカーじみていることなのだが、気のせいだろうか。
 今更だが近侍は三日月じじいではない。本来俺の傍にいるべきは雅なほうの兼定だ。だが彼は常に隣にいようとはせず、三日月宗近がきてからは尚更、彼にとっての「適度な距離」をとるようになった。もしかすると風流とは言い難い俺の傍にいるのが苦痛なのかもしれない。
 廊下から見える庭の雪景色が眩しい。彼がこの景色を前にしたときには古歌の一つや二つ浮かんでいるのだろう。残念ながら俺に考えられるのはこの雪にはどんな物質が混ざり込んでいるのかということと、今朝の重々しい夢のことだけだ。外から視線を戻すといつもの澄ました顔で俺を見るじじいと目が合ってしまった。何か見通されているような居づらさを覚える。そのまま無言で見つめ返していると「よきかな」とでも言いたげな顔で微笑んだこのじじい、お手洗いの中までついてくるつもりらしい。全くよくない。
 そんな俺の憂鬱を知ってか知らずか、三日月宗近は扉を閉めるとその内側に立ち俺の行動を観察していた。とても用を足しづらいので他所を向いていてくれれば良いものを、俺から目を離すつもりはないとでも言いたげな表情だ。まるで護衛でもしているかのよう――まさか護衛なのか。だとしても何故突然そうする気になったのだろうか。
 「……三日月宗近」
 「んん?」
 教えてもらいたいことがある、と言うといつもの二つ返事が帰って来た。真面目な話だということは察した上での返答だろう。食えないじじいだがそういうところも嫌いではない。外を覗き誰もいないことを確認する。
 「最近のおまえの行動についてなのだけれど」
 一瞬身構えるじじい。いや今日は説教ではなくて。
 「俺について来たがるようになったのは、何故だ?」
 「んー?」
 意味深な顔と返事をするんじゃない。
 「そうじじいを問い詰めるな。ははは」
 笑って誤魔化すんじゃない。
 「まぁ、この件は俺が悪いな」
 おまえが悪いんかい!
 「ふむ」
 ふむ、じゃない。何を誤魔化しているのか知らないが、このまま黙っている気ならば令呪を以て命じることも辞さない。おや、謎の頭痛が……なんだったかな。まあいいか。
 断固として自分から語る気がないらしい三日月。だが逃げようとは思っていないのだろう。ここは寒い、と言って扉を開け先に出るように促してきた。
 「三日月宗近。もしおまえに非があるのであれば、俺はおまえを問い詰めねばならん」
 扉の前で近寄った。じじいが目を逸らさないまま袖で口元を隠す。その姿は何か考えているようでもあり逡巡しているようでもあった。後ろめたさのようなものはないのか、それとも彼に後ろめたいという感情は存在しないのか、その目の中の月は普段以上に輝いていた。


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