結局その日は有効な解決策が見つかることもなく、夕方になって俺は鎮守府へと向かった。本部に入れた連絡の返事には「他に例がないから分からない」という極めて事務的かつ冷たい対応があったのみで、これは我々が自衛するほかないというわけか。それ以上の回答を期待していたかと言うとそういうこともない。怒る歌仙兼定をまあそんなものだろうとなだめ、全員を万全の状態にしてやり、万が一本丸に何かあれば連絡が取れるようにと、昨夜那智から飛ばされた水上偵察機とその無線について歌仙に教えてある。今夜かそのうちに本丸に直接何かがあるとは思わないが、何かが起きた場合には彼が知らせてくれるはずだ。
 「今日は俺は止められんのだな?」
 ぴたぴたと後ろからついてくる最強じじい。
 「鶴丸がついてくるよりかは楽だからな……」
 何かを勘付いたのか単純に名分を得た上で鎮守府に来たかったのかは知らないが、何故かついて来たがった鶴丸国永をなだめるという重い仕事が出発直前に現れた。雅マンがあの場にいてくれなかったら一体どうなっていたことやら。つくづく彼にばかり苦労をかけているなと反省した。
 「はっはっは。鶴も悪いやつではないんだがなぁ」
 「悪い奴だとは全く思ってない。しかし師弟というものはやっぱり似るのか?」
 似ているかな、と首を傾げる三日月じじい。妙なところが似ている気がする。具体的に言うと大人気なさというところが。大人の余裕は醸し出すほど溢れているくせに言動とはこうも雰囲気と異なるものなのか。
 「千年以上離れ離れだ。俺には分からんよ」
 「それもそうか。三日月、頼むからあまり鎮守府で動き回らないでくれよ?」
 「分かっているとも。任せておけ」
 じじいのこの顔、もう何も任せられない。
 「ほれ、出発が遅れるぞ」
 三日月宗近に急かされながら鳥居をくぐり本丸を出て、少し歩いて別の鳥居をくぐる。昨夜はこの時点で化物猫に帰還を阻まれてしまったが今夜は平気なようだ。
 「ふむ。中臣の」
 赤い柱を越えた時にじじいが俺との距離を少し詰めてきた。護衛と称して俺についてきてもここまで近づいてくることはなかなかない。よく分からない不安が沸いてくる。
 「殺気だ」
 耳元で囁くと三日月宗近は刀の柄に手をかけ、僅かだけその刀身を見せていた。鎮守府で殺気?そんな馬鹿な。誰が鎮守府で俺を狙うと――それとも何かが鎮守府に入り込んでいる?鎮守府を深海棲艦の射程に入れないために、それらの穢れを寄せ付けない海域は確保されているはずなのだが。
 「失礼」
 微かな声で囁いた三日月に手で口を塞がれた。声を出すなということなのだろうか。入り口の扉がやたらと遠く感じられるのと、鎮守府の中で殺気を感じたと言われたのとで、俺は知らず焦っていたらしい、掌がじっとりと湿った。顔に触れる三日月の手が暖かいことが唯一心を落ち着かせてくれている。天下の名刀は微動だにせず、俺から身体を離すこともなく、呼吸すらしているかどうかすら分からないような静かさで、辺りの空気と紛れているようでさえある。
 その手が不意に顔を離れる――何が起こったのか問う間もなく耳を裂いたのは、金属同士が鋭く弾きあう音だった。



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