執務室に天龍と龍田を呼んで詳しい話を聞こうとしたら「俺たちより陸奥に聞いたほうがいいと思うぜ」と断られてしまった。二人は外で見張りを続けるらしい。頼もしいがほどほどに頼むよ、と、俺はじじいを連れて建物の中に避難することにした。いつまた矢が飛んでくるか分かったものではない。せめて鏑矢に害はないと思いたいものだが。
 俺より背の高いじじいが後ろをついて廊下を歩くのを見た艦娘たちが警戒しているのがよく分かる。驚かせる気がなくてもこれでは仕方あるまい、どうせ噂が広がるのもすぐだろうから一人ずつに説明する必要まではないだろう。
 「あっ、おかえりなさい提督!」
 三日月宗近と会うのが二度目の瑞鳳はじじいを見て軽く会釈した。じじいがそれに応えてその長身を柔らかく折るように挨拶を返す。秘書艦が瑞鳳で良かったと心から思う。
 「ただいま。長く留守を任せてごめんな」
 「待ってたんだから……なんてね。昨日は仕方なかったわよ」
 じじいが何事もなかったかのように畳に腰を下ろした。別に構わないが、じじいはここがマイホームだとでも思っているのだろうか。別に構わないが。それに何故か分からないが瑞鳳に腕に抱きつかれるのを見られても僅かにも恥ずかしさを感じない。執務室の空気と化す三日月宗近。
 「そうだ。昼に大変なことがあったのよ。それで天龍さんと龍田さんが外にいるんだけど、会わなかった?」
 会ったというか殺されかけた気もするのだが言わないほうが良いだろう。
 「ああ、会ったよ。矢が飛んできたんだって?」
 「そうなのよ。じゃあ話が早いわね。えっとね……陸奥さんが見たって教えてくれたの。だから、陸奥さんに話を聞いてきたほうがいいと思うわ」
 それで陸奥に聞いたほうがいいと言っていたのか。それじゃあ何故天龍型の二人が外で警備にあたることになったのだろう?戦艦には不向きだというのはよく分かるのだが。
 「遠征の報告に来てくれていたから、その時に陸奥さんの話を聞いて引き受けてくれたのよ」
 なるほど。じゃあ俺はまず陸奥のところに行くべきだな。話と言っても矢が飛んできた方角と時間が分かればいいからそれほどの長話にはなるまい。それと我が鎮守府に戦艦長門が来ない件については俺から謝っておきたい。陸奥から詳しい話を聞いたら、潜水カ級が過去の世界に現れたことと共に海軍本部に報告しておく必要があろう。
 「ならば俺はここで待っていよう」
 護衛はどうしたんだ。
 「ここに危険はないだろう?」
 「本丸だって安全だろうが」
 「はっはっはっは」
 くそじじいめ。瑞鳳に何かしようものなら刀解するからな。
 「なにもせんよ。ははは」
 何かするとは思っていないが言わなければならない気がした。その点だけみるならば、だが、雑念なく俺を布団にして寝る三日月宗近より、何食わぬ顔をして俺の隣で寝る鶴丸国永のほうが危険だと言ってもいいかもしれない。
 「一度刀の人とも話してみたいと思ってたのよ。食べたり折ったりなんてしないから心配しないで?」
 「それは意外だな。おまえがそう言うなら行ってくるよ」
 「意外ってなによ」
 話してみたいと思ってた、のほうだ。食うとは初めから思っていないよ、一航戦か大和じゃあるまいし。言いながらメモ用の筆記用具とこの辺りの地図を手元に集め、一度二人の方を振り返って執務室を出る。ドアを開けると駆逐艦がびっしりとその向こうに並んでこちらをじっと見ていた。どうやら俺が出てくるのを待っていたようだ。
 「提督さん、あの人はだあれ?夕立知らないっぽい!」
 ですよね。
 「おいしいっぽい?」
 「あの人は刀だよ。俺の護衛をしてくれてるんだ。鋼材じゃないから食べないでくれよ?」
 「ぽい?」
 しまった。駆逐艦たちにも本丸のことは話してはいたが十分に伝わってはいなかったか。夕立の跳ねた髪がぴこぴこと耳のように動いている。気になったのでそっと手で押さえてみたら動かなくなった。
 「海軍の人じゃない男の人なのです」
 「提督より格好いいじゃない」
 聞こえてるぞ叢雲。
 「ふんっ、事実を言っただけよ」
 わらわらと俺に群がる駆逐艦。外であれば幼女誘拐と疑われても仕方ない光景だ。今は陸奥の部屋まで行きたいところだがこれでは駆逐艦の質問攻めは免れないか、と溜息をついたとき、廊下の奥から希望の光が向かってくるのが見えた。頼む鳳翔、なんとかしてくれ!
 「あらみんな。どうしたんですか?」
 「男の人が提督の部屋にいるの!刀なんだって」
 こちらをちらりと見たお艦はその鋭い勘で状況を察したらしく、少し首を傾げ足を止めてくれた。
 「そう、男の人?」
 「おかーさんは見てないの?」
 どんな人かしら、と言うと鳳翔は駆逐艦たちと彼女らの興味を引き連れて反対方向へと歩いていった――助かった。駆逐艦たちの気が変わらないうちにと何年振りかの全力疾走で廊下を駆け抜け、なんとか陸奥の部屋についた俺の息は完全にあがっていて、艦隊のお姉さんである陸奥に心配されたのだった。


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