じじい二人の説教を終えた俺は審神者としての任務を淡々とこなす。希少種らしいじじいを含めてかなりの数の刀剣男士が本丸に来てくれたのだが、まだ会えていない刀剣と会うためには日々の鍛刀は欠かせない。それから雅マン歌仙兼定に装備、いや刀装を仕上げてもらい、ちびっ子たちを遠征に送り出し、血気盛んな野郎たちのストレスを演練で発散させて、じじいを労わる。
 その間にも艦娘たちとそうしているのと同様に作戦を練り、準備ができれば実行に移す。過保護な俺は刀剣たちに無理をさせる前に戦地から帰還させているものの、負傷してしまった刀剣はしっかりと手入れせねばならない。帰ってきた刀剣を褒め、労う。じじいは労わる。
 これまでに一隻も鎮守府の艦娘を轟沈させていないことが俺の唯一の自慢だ。これからも轟沈させるつもりはないし、刀剣男士たちを破壊させるつもりも俺にはない。「うっかり」だったか「きっかり」だったか記憶が定かでない、そのにっかり青江に何度「心配性だね」と笑われたか数えたことなどないが……じじいより早くおまえらが死んでは困るのだよ。俺がこの本丸の主である限りはじじいも死なせない。
 そう言ったらじじいに「形あるものはいつか壊れる」と言われた。だがな、じじい。今までおまえが何年形を保っているか数えてみたことはあるか。俺がそれを終わらせるわけにはいかないんだよ。縁側の三日月じじいにそう詰め寄っていたら傍で茶を味わっていた緑髪の鶯じじいに渋い顔をされた。申し訳ない、貴方のほうが年上だった。
 鶯丸をじじいと呼ぶ気は不思議と起きない。さっきのは続けて呼ぶのに都合が良かっただけだ、ノーカンで頼む。敵にすら命の大切さを説きゆっくりとした時間を過ごす彼ではあるが――いや、だからこそか。同じような歳でじじい枠の三日月宗近や鶴丸国永とは違う貫禄があるのだろう。別に彼らが嫌いなわけではないのだが、三日月じじいの苺大福を後ろから掠め取るのはやめたまえ鶴丸。
 「なんだ、ばれてたのか……折角驚かせようと思ったのに。大福が消えたら驚きだろう?」
 食べ物の恨みが一番怖いものだ。ほら、そこのじじいが怖い目でおまえを見ているじゃないか。
 幸いまだ食べていなかった苺大福を返されると三日月じじいは満足したようであった。その横で何も見なかったかのようにお茶を啜る鶯丸を見て自分はいつか歳をとったらこういうじじいになろうと決心する。その視線の先、少し離れた海の水面には、遠征に向かう艦娘たちの姿があった。
 「あれは前に言っていた船の少女たちかな?」
 「どれのことだい鶯丸……ん、あの人影か。この距離で少女だと分かるなんて驚きだね」
 びっくりじじいは遠くを見て目を細めていた。ご長寿のくせに近眼なのか。
 「眩しいだけさ」
 ご長寿のくせに、は省いて訊くと鶴丸は一々得意気に答えてくれた。別にその顔が嫌いなわけではないのだが。
 そうだよあれが艦娘たちだ、と答える。幕末生まれの和泉守兼定と堀川国広は黒船かそれに近いものを見たことがあるかもしれない、しかし日本の軍艦を見たことがある刀剣男士は限られるだろう。焼けて失われた刀剣の付喪神たちや、長生きでも外に出たことがなさそうなじじいたちは……いや、三日月じじいは昨日見に来たのだったな、そういえば。
 「是非話してみたいものだね」
 ずずず、と湯呑みを傾けて最後の一滴まで呑み干した鶯丸が急須からまた茶を注ぎながら言った。珍しいこともあるものだ、と思うと同時にその話を蒸し返すことになってしまうことに気づいて俺は焦り、黙る。鶯丸に悪気が一切ないのは分かっているが、このタイミングでこの発言、じじい二人がそのチャンスを逃すはずもなく文字通りに鶴の一声。
 「俺も会ってみたい!」
 勝ち誇った顔の三日月宗近。
 「そうだなあ、俺も会いたいぞ?」
 「……好奇心旺盛なのが真似するから昨日の計画のことは絶対に言うな。広めようものなら無期限で馬当番だぞ鶴丸、三日月は無期限で外出禁止にする」
 冗談と本気を半々で脅してみると、けろっとした顔のお澄ましじじいはお茶を啜りながらにんまりと笑った。殴りたい、その笑顔。良からぬことを企むエロジジイさながらだ。
 「監禁か?はっはっは、スキンシップというやつは俺も嫌いではないが、じじいに行き過ぎたプレイは毒だ」
 腹が立ったので脇の下を散々擽ってやった。ざまあみろ。


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