その日も夜になれば鎮守府に帰るはずだった。昼間に大規模な緊急作戦に向けた整備が行われ、その間は俺に限らず全ての提督が鎮守府から締め出されていたのは知っている。本部からも事前に予告があった。だから今日は夕方、整備予定終了時刻までを野郎共と余分に過ごしたのだが――その上、俺の尾行を試みた三日月宗近を振り払うために更に余計な時間を使ったはずなのだが――俺は鎮守府に入ることができなかった。名前を呼んではいけない妖怪猫が大量発生してその駆除に追われていたらしい。
 仕方なく本丸に戻ってくると今剣が嬉しそうに出迎えてくれた。最初のパートナー歌仙兼定の次に出会えた短刀の少年だ。少年の姿をしているが実際はかなりのジジ、いや、やめておこう。
 「あるじさま、わすれものですか?」
 「そういうわけではないが……な」
 自室に戻り燭台切光忠が出してくれた茶を呑み、先日「熱帯雨林」という通販サイトで注文した苺大福を食べながら今剣に事情を話す。少々愚痴っぽくなってしまったが彼は興味津々といったふうに聞いてくれる。
 「ばけねこですね。いたずらずきのねこたいじならおまかせください!ぼくがつかまえちゃいます」
  ああ、本丸の天使。短刀たちは皆可愛らしいものだが、一緒に過ごした時間が長く、最初の苦難も一緒に乗り越えてきたからか。一番気楽に話せる、気がする。
 「だってぼくは、よしつねこうのまもりがたなですから!」
 そう言ってみると可愛らしいドヤ顔を向けてくれた。守刀だからこそ主の傍にいるのが得意だということだろうか。義経にまつわる伝説を史実として信じるならば、だが、今剣は一番間近で敬愛する義経の最期を看取ったはずだ。その苦しみを知らないかのように得意そうな笑顔で誇る。
 今剣に限らず刀剣たちはみな凄絶な過去に在ったはずだ。それでも笑える彼らを、強いと思う。
 「どうしましたか、あるじさま」
 「あ、いや」
 考えているうちに無意識に沈黙してしまったらしい。
 「そうですか?では、もうひとつたべていいですか」
 小さな指の方向に目をやると苺大福の大箱の大山があった。二箱注文したはずが何故二十箱もあるのか。俺が発注を間違えた可能性もあるが大方びっくりじじいの仕業であろう。白いし。結構食べたはずなのだが全然減らない。
 「勿論。沢山食べてくれたほうが助かるくらいだよ」
 「わーい。いただきますね!」
 箱に近いところに座っている俺が苺大福を取りに行く。自分でももう一つ消費しようかと考えながら手を伸ばし、手前の山から取り出そうとして何気なく箱の後ろに目をやると、丸みのある影が落ちている……ような。
 俺が動きを止めたので不思議そうな今剣を手招きして、しーっ、と人差し指を立てる。妖怪猫か何かが紛れ込んでいるのだろうが、こんな男でも本丸を預かる審神者の身、用心するに越したことはないと思った。手振りで奇襲するように頼むと身軽に箱の山を跳び越え――ぼすっ、という着地音が聞こえた。待て、畳の上でその音はおかしい。
 「ガッ……!」

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。