「それで?」
 俺は何をしているんだ。目の前で言葉を継げずに、視線も合わせることができずに顔を背けた男の、白い鱗が覆う耳元で問い詰めている。
 「何を隠してるんです?」
 いやまあ、確かに俺が調子に乗ったのが悪かったんだが。皇帝邪紋との話を思い出話のように聞いているうちに、いくつか妙だと思って指摘していたらこうなった。
 「叔清」
 びくん、と何かを恐れるような反応があった。
 俺の指摘はこうだ。この男の性格は知っている。皇帝邪紋――いや、レオンハルトという青年がどういう人物であるかについては彼の話からなんとなく想像がついている。だが、いやだからこそ「分からない」のだ。何故この男がレオンハルトのことを話すのに、妙な言い淀みと濁す言葉があるのかが。何故どこか愛おしげに、それでいて反抗的にレオンハルトを語るのか。彼にとってレオンハルトが何らかの特別な人であることは間違いないし、それを否定する気は俺にもない。
 ただ、彼が語っていない重要なこととその違和感の原因が一体何であるのかを聞こうとこの男を問い詰めていたらこの有様だ。
 「教えてくださいよ」
 分からない、というのは完全に正しい言葉ではなかった。もちろん半信半疑でしかないのだが、ここまで露骨に表情を変えられてはこの男が隠していることの内容になんとなく察しもついてしまう。成程、追い詰めてなお反抗されるのはなかなかに得難い昂揚を掻き立てられる。レオンハルトがこの男を従わせようと思ったかどうかは別として、こういう強情で反抗的な男ほど一度折れば驚くほど御しやすくなることを彼は知っていたのかもしれない。
 「意地が悪いぞ、察しはついておるのであろうに……」
 「聞く分には構わないということですね。で、何されたんですか?」
 今逃れる気がないと知っていて、この男の手足をベッドに繋いでいた枷を一度外した。まだあまり食べ物を受け付けないとはいえ、こうして自由になれば短時間であれば立って動くことができる程度には体力が回復したところだ。身体を起こしてやり、壁側に凭れ掛からせる。
 「触れられるの、好きでしたっけ」
 頬に手を当てて撫でてみると抵抗はなく、この男は思いの外大人しくしていた。甘えはしないにせよ飼い主の手に愛でられるのを拒まない動物のようだ。
 「抱かれたんですか?」
 「…………」
 分からないことでもない。決して女性のような佇まいはしていないが、だからこそこの男を思うままにしてみたいという欲求が浮かぶのもまた事実だ。目の下の朱い紋を親指の爪先でなぞれば手を掴んで除けられる。独特の色の眼は無言で抗議をしてくるようで、それほど嫌がっているようにも見えない。なるほど、こういった所作が一々矛盾していて――その僅かばかりの反抗的な態度に、いうなれば。
 「ヴェルト、よもや」
 男の両目は俺の右目だけを見ている。会ったこともないレオンハルトという男の心中へと想いを寄せようとして、少しばかりぎらつかせすぎていたかもしれない。かといってこの男の問いを「否定するつもりはない」俺はどう答えたものやら、と、明確な返答はせず、特に意味もなく、笑うことしかできなかった。
 「嫌ですね、何もしてないじゃないですか――まだ」





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