ひとつ、ふたつ、水音が響く度に、甘ったるい声を耐えようとして四条の身体が跳ねる。声を出してしまえばいいのに、あまり聞かせたくはないらしい。流されるように始まったセックスは、間違いなく気持ちいいが、ただ気持ちいいだけだった。四条が男だからとか、声を聞かせてくれないからとか、そんな小さなことではなく、なにかが引っ掛かって夢中になれない。
 抱いてくれないか、と誘われた。正直興味はなかった。ただし四条が俺との肉体関係を求めていることは薄々気付いていたから、その誘いは突飛すぎるものでも不愉快なものでもなかった。だからこそこうして誘いに乗ったのだが、どうしてだろう、得体の知れない何かに阻まれているようで、四条巽に全てを委ねられない。
 固く閉ざされた唇を抉じ開けて指を差し込んでみると、驚くほど器用に、そして熱心に舐められた。差し出す指を増やせばそれだけ口は閉じられなくなって、掠れた喘ぎ声が響く。
 ひとつ貫くごとに、往復で二度、奥で一度、四条を襲う快楽は十分なものであるようで、何度か達したらしい身体は益々敏感になり、腹には絶頂と共に吐き出した精が溜まっている。やめろと言ってもやめないでほしいと頼まれての執拗な責めだが、そろそろ体力的に限界か。時々すがるように掴む手が、触れるだけになってきた。
 最後にしてやろう。四条が何度も達する間、一度は俺も耐えきれずに射精したが、二度目はまだ迎えていなかった。正確に言うと、二度目がまだ来ないようだった。
 それはこの交わりの途中で、俺が違和感を抱いてしまったからなのかもしれない。四条が何を求めているのか、分からなくなってしまったからなのかもしれない。
 はじめ、四条はこう言った。
 俺が好きだ。俺をかけがえのない相棒だと思っていると同時に、欲しいと思っていると。身体の繋がりだけでなく、心を、全てを欲しいのだと。俺はそれを信じた。しかし、以前つけてやった首輪を見ているうちに、何かが違うように思えてならなくなった。
 「****、だめ、もうっ、あっ、また、あ、あっ、くる、や、あぁ、ああぁ……」
 「四条」
 呼んでやると、どうにもできなくなるらしい。もう吐き出せるものはないようだったが、今夜だけで何度目か、身体を反らして声にならない絶叫をあげながら四条は果てた。ひくひくと締め付けられて、快楽に敗北する可哀想な表情を見て、流石につられた俺も少し遅れて中に吐き出す。何度も小刻みに身体を震わせながらそれを受け止める四条は、まるで普段とは別人のように、子供のような顔をしていた。
 疲れ果てているようだった。無理もない、若さで誤魔化せる身体でもないだろうに、長時間に渡って何度もイかされ続けて、意識を保っていられたことが不思議なくらいだ。まだ痙攣を続ける身体を見つめながら、そして放心してどこか虚ろな表情を見つめながら、この哀れな男をいとおしいと思うくらいの余裕がある俺は、犯され抜いた四条の涙を拭ってやった。
 何故泣いているのだろう。
 先程までも確かに涙をこぼしてはいた。それは耐えきれない快楽を際限なく浴びせられていたからであっただろうし、その推測それ自体はおそらく正しい。
 ではその責めから解放したはずの今、どうして、彼はまだぼろぼろと泣き続けているのだろう。
 「四条」
 呼び掛けると、視線をこちらに移して微笑んだ。もし俺が四条にそれほど興味を持っていなければ、満足したのだろうと勘違いするような、よくできた、しかし不完全な笑顔。甘えるように伸ばす両手、それは抱き締めてほしいという意思表示なのだろうが、叶えてやっても四条の涙は止まらない。
 底知れぬ不安が渦を巻きはじめる。
 抱いたのは間違いではなかったか。俺を好きだと言ったのは、何かの方便でこそあれ、四条の真意ではなかったのではないか。或いは、先程の四条の問いへの答えを、俺は致命的に間違えたのではないか――

 「****、俺を好きでいてくれるか?」
 「ああ。恋人になりたいと言うなら、それを受け入れてもいい」
 「……恋人」
 「違うのか?抱いてほしいというのは、そういうことかと」
 「………………ああ」
 「四条?」
 「あ、いや、悪いな。それでいい。おまえの感覚は正しい。それなら、俺の恋人になってくれないか」
 「勿論だ、おまえが望んでくれるなら」
 「最後まで付き合ってくれるのか」
 「ああ、約束だからな。もう一度誓えば信じてくれるか?」
 「……そうだな。そうだった。いや、一度で十分だ。何度も同じことを言わせるほど面倒な男じゃないからな、俺は……」




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