現在位置から全方位を確認。前方、遮蔽物なし。上空、飛行機体なし。全住民、退去済み。作戦範囲、およびその近隣封鎖エリアに対象以外の危険物保有施設なし。
 22:30、これより、作戦実行。
 目配せと同時に物陰から身体を出す。
 「2秒で」
 「ああ」
 銃撃戦の裏で行動を開始する。敵の背後をとり、人質を救うと同時にリーダーを拘束するか、それが無理でも人質だけは救い出すのが目的だ。この人質は別の事件の証人たりうる目撃者でもある。人道的観点からだけではなく、ブラックハウンドとしても、人質を死なせるわけにはいかなかった。
 そういった事情を鑑みてか、この突入には俺と相棒の後ろに援護のために数人が控えている。さらにその後ろに十数人。これだけいれば突入において孤立の心配は要らないが、人質にされている一般市民を守り抜くことを考えると油断はできない。
 隣のビルへ跳び移り、屋内に続くドアに近づこうとする相棒を片手で制止する。
 ドア越しに熱を感じた。おそらく見張りか連絡係がいる。それだけで察した頼れる相棒が、ドアを開け男を一人、外に引きずり出し、首に腕をかけてぐっと絞め落とした。その奥から飛んでくる弾丸は受け流して相棒の前に立つ。ここからはスピードと正確な判断も必要だ。俺達の進入が「奇襲」であるうちに挟撃を完成させなければ、最良の結果は得られない。無力化用の麻酔弾を装填したハンドガンで、ばらばらと襲いかかってくる敵の急所を避けて撃ちながら7フロア下へと急ぐ。
 こちらの足音に気づいたのか、踊り場の折り返しの向こう側に複数の熱源があった。待ち伏せだろう、銃を握る指を伸ばしてフルオートに切り替え、まだほとんど残った階段を一気に――いや。階下へ続く階段の「真横」へと、手摺に足をかけ、塀の向こう側へ飛び降りた。
 「ちょっ、四条!」
 後ろから焦る声が聞こえた気がしたが構わない。身勝手な殺意しかない貧弱な弾丸は俺の鱗を通らない。麻酔弾を立て続けに叩き込みながら、空いた足で腹を蹴り上げる。攻めることにある程度特化した相棒と違って、守ることにしか強みがない俺が複数人を一気に相手取ろうとするには、正攻法では全く追い付かない。圧倒的状況有利をとって場を制圧するために、人間には壁の向こうを目視できないことを利用できるこの身体は間違いなく便利であった。
 途中で一発、目の下を掠めた弾丸が頬を鋭く擦っていった。血が鱗を伝って喉へと滑り落ちていく。大切なものを汚したくなくてそれを雑に拭ったとき、いつの間にか相棒が近くにいて、俺に向けて構えられていた銃を奪い取るのが見えた。
 やはり最高の相棒だ。何度となく感じた喜びを改めて噛み締める。少し笑ってしまったことが彼にバレないように背を向け、階段を飛び降りるようにして先へと急ぐ。
 「……****」
 降りきって扉の前で立ち止まった背に、相棒の大きな背が合わさった。背中で彼の呼吸を感じる。一息、二息、筋肉の上下を揃えて、タイミングを計る。
 もう言葉は要らない。降りてきた階段の数、隣り合わせの発砲音、怒号、足音。渦中に飛び込めば何が待っているかを考えるだけで足がすくみそうになるが、俺にしかない鱗と、温かないつもの背中があるならば、絶対に全員で切り抜けられる。
 爪先で、三回のカウントダウン。
 最後の音から正確に一拍をおいて、ドアを破壊する勢いで向こうへ飛び出す。相棒の前に回り込む。後ろからと正面からの援護を頼みに、人質の姿を目で探し、一直線に駆け寄る、その俺の腕を掴む相棒と、手が届いた罪のない命を、全身全霊で守りきる。切り札を全て支払っても惜しくない。
 一枚のカードで場の空気を変えられる。
 それが二枚なら、もう怖くない。
 「動くな、ブラックハウンドだ!」



 
 

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