===第3話===

 ――三倉百合音は帰ってこなかった。
 
 生き残った少女が回復し、エージェントとしてメンバーに加わると、
 エージェントの報告を受けて藤堂邸の監視を決定し、
 藤堂邸での事件の事後処理を担当したエージェントから
 香山市の支部長室に集まるようにと連絡があった。

 彼女は"ストレゴーネ"網代木 比奈(あじろぎ ひな)。
 「古太刀の回収」という目的を果たしたキミたちへの慰労のために、
 キミたちに「バカンス」という名の休暇を与えると話す。
 それは支部長の提案でもあったため、
 まだ夏を満喫していないキミたちに断る理由はなかった。

 キミたちが向かったのは海辺の街、晴海区(はるみく)。
 白いビーチと夏の太陽、
 キミたちのために手配された宿とプライベートビーチ。
 事件とは無関係に見える楽園を、しかし、黒い影がよぎる。

 その姿を他の誰かと見間違うはずがない。
 "プランナー"だった。

 キミたちはその姿を見たことがあるかもしれない。
 炎に閉ざされた藤堂邸で、
 三倉百合音から遠ざかる足音と、その主である都築京香の姿を、
 あの事件の日の夜に、夢にみたのを覚えているかもしれない。

 ああ、思い返せば、
 匂坂村での最初の事件の日の夜にも、変わった夢を見たような?

 三倉百合音を失った日から元気がなかった五十嵐幸雄が、
 キミたちと同じ夢を見て、それを覚えていたのか、
 黒色の少女の背中に駆け寄り掴みかかろうとする――

 「停戦交渉をしましょう」

 一歩前へ出てその手を躱すと、プランナーは身体の向きを変えた。
 攻撃の意思はないと示すかのように、
 その両手は身体の横で軽く広げられている。

 「"プラン"が妨げられようとしています」

 「私は地球の死を望みません。
 少なくともこの点に関して、私たちの希望は一致します。
 特に、あなた」

 "プランナー"の小さな手はブエルを指す。

 「本来なら殲滅対象ですが、先送りにします。
 "プラン"を妨げる全てが解決するまでは、
 あなたたちに一切の邪魔をしないことを約束しましょう」

 そして「"アダム"には気をつけてください」と言い残し、
 それ以上は語ろうとせず、キミたちに背を向け一歩を踏み出す。

 その姿が日差しの中に掻き消えた、次の瞬間のことだった。

 巨大なレネゲイド反応。
 夏とはいえ苛烈すぎる太陽の光。
 痛いほどの空からの目からキミたちを隠すものは海辺にはなく、
 それはつまり、彼女の姿も白日の下に晒されることとなった。
 
 「……、…………」

 獣のような眼をしていた。
 獣のような四肢をもっていた。
 抉り出されかけたのか、肥大化したのか、
 胸元であまりに不気味に輝くそれは、賢者の石だった。

 「痛い」
 「苦しい」
 
 言葉こそ発さぬものの、彼女は――三倉百合音は、
 変わり果てた姿でキミたちにそう告げるようだった。
 
 「最後は、俺が」
 
 ――そうしてキミたちは、三倉百合音を倒した。
 倒したと言えば聞こえはいいが、彼女を殺した。
 そうしなくてはならなかった。そうするほかなかった。

 三倉百合音を好敵手として愛した五十嵐幸雄が、
 獣に堕ちた彼女の、最期の苦痛をせめて和らげようとしてか、
 その命を吹雪に閉ざして静かに散らせる。

 「おねがい」

 死の間際、三倉百合音は凍りつく唇でキミたちに語りかけた。

 「"アダム"を……止め……」



 戦いは終わった。
 砂浜には強すぎる日差しだけが降り注ぐ。

 帰ろう。
 帰って、三倉百合音の葬儀を行い、報告もしなければならない。 
 そう思いながらも動けないキミたちが立ち尽くしていると、
 あるいはその場を立ち去ろうと口を開こうとすると、
 限界を超えて戦っていた五十嵐と、彼の腕の中で崩れる三倉の、
 二つの身体を、先程まで日光だったものが刺し貫いた。

 それは照射されたレーザーのように、二人の心臓と砂を灼く。 
 目を見開いた五十嵐幸雄が咄嗟に手を伸ばし、
 隣に立っていた少女を、力任せに、最期の力で突き飛ばす。
 そのレーザーらしきものの二発目が、
 狭山千紘に突き刺さろうとするのを見たがゆえに。

 キミたちはあの夜と同じ気配が膨張するのを感じた。

 "アダム"だ。

 それが何であるのかをまだ知らないキミたちにも、
 それが"アダム"であるとはっきりと分かった。
 それが"アダム"であるとどうして思ったのかは分からない。
 それが"アダム"であると名乗ることもなかったし、
 それが"アダム"である証拠もどこにもなかった。
 それが"アダム"であると感じたそのことこそが、
 それが"アダム"であると証明しているだけだった。
 それが"アダム"であると理解したキミたちは、
 それが"アダム"であることを恐れ、
 それが"アダム"であることに怒り、
 それが"アダム"であるという啓示をなんとか振り切ると、

 先程まで傍で血と砂とに塗れていた五十嵐幸雄の姿が、
 いつか藤堂邸で見た、
 幽霊のような、影のような、
 異形になっていくのを、目の当たりにした。



スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。