===第4話===

 キミたちの夏は終わった。

 しかしこの年の夏は例年以上に長いようで、
 ニュースでは気象予報士が異常気象を告げている。

 事件の事後処理と、三倉百合音と五十嵐幸雄、
 遺体の見つからない二人の葬儀を終えた後になっても、
 あの日の刺すような日の光は毎日地球を照らし続けた。

 水不足、断水。
 台風は局地的に大地を襲い、世界的に災害が続いている。
 神無月になっても空が変わらない。
 "アダム"を知覚し、なんとかその光から逃れたキミたちには
 その原因がそれであるとなんとなく分かっていた。

 "アダム"のことや"プランナー"とのことを報告した後、
 何の情報ももたらされないままかなりの時間が経っている。
 支部からキミたちへの依頼や命令もなかったので、
 キミたちは支部と何の関わりもない、
 人のいいマスターがいる喫茶店で顔を合わせるようになった。

 「今年はまだ暑いけどサ。
 匂坂村の温泉にでも行ってきたらどうだろう。
 温泉は水不足と関係なく湧くから、気晴らしにはなるよ」
 
 ――そうして、キミたちは匂坂村を訪れた。
 あの夏の日の夜、疲れからか黒塗りの高級車の中で
 気絶するように眠ったキミたちが夢にみたモノを、
 覚えていなくても無意識に求めるかのように。

 キミたちが温泉から出た後、宿の冷蔵庫で見たものは、
 水不足の今や飲料として消費量が増えたせいで
 半年前に比べて値上がりした牛乳で満たされた瓶だった。
 
 「新鮮をしぼる大自然のよろこび」
 「慶応おいしい牛乳」

 丸みを帯びた瓶には赤と青の字でそう印字されている。
 キミたちはそれを懐かしいものに感じたかもしれない。
 中身を一気に飲み干し、瓶のガラスの向こう側に、 
 天井にぶら下げられた橙色の裸電球を見ていると、
 三倉百合音の胸元で輝いていた不気味な光を思い出す。
 まるで吸い込まれるようだ。
 冷蔵庫の傍に置かれた瓶回収箱にそれを戻そうとすると、
 指先がそのつややかな曲線を離すことを拒む。

 キミたちがそうして平穏を謳歌して――あるいは。
 謳歌しているかのようにそれぞれ気を遣っているときだった。
 
 張りつめた空気、爆発するレネゲイドの気配。
 間違いなくオーヴァードが傍にいる。
 それを知覚して間もなく、隣室との壁に大穴が開き、
 次の瞬間には血色の剣が少女を斬りつける。
 間一髪でその静かな一撃を防いだキミたちが目にしたのは、
 "プレデター"伊庭宗一の姿であった。

 黒の男はブエルの姿を認めて目を細める。

 「これなら、少しは楽しめるか」
 
 "プレデター"の剣には妥協も手加減もなく、
 キミたちは応戦し、歪む口元とその凶刃から逃げおおせて、
 なんとか隙を見つけると香山市支部に連絡を入れた。
 匂坂村で"プレデター"に襲われていると。
 電話に出た網代木は救援を送ると返事をしたが、
 その救援が来る様子は一向にない。

 宿の外へまで出て、どれぐらい逃げ回っていただろうか。
 夜闇に響く伊庭宗一の足音が突然変わった。

 振り向いて暗殺者の視線の先へと目をやると、
 「幽霊のような、影のような、異形」
 が現れ、キミたちに襲い掛かろうとするのが見えた。
 両方に追われれば助かる術はないと言ってよかった。

 ――しかし、"プレデター"はくるりと向きを変えると、
 「幽霊のような、影のような、異形」
 の方へと剣を向けてニヤリと笑った。
 キミたちを助けたのではなく、戦いを求めたのだろう。
 あるいは、邪魔されたのが気に食わなかったのかもしれない。

 「幽霊のような、影のような、異形」
 のうちいくつかは伊庭宗一へと襲い掛かり、
 残りはキミたちへと襲い掛かった。
 そのうちのひとつに、キミたちは知った気配を覚えた。

 灼熱の夏に、吹雪が舞う。

 
 戦いが終わり、吹雪の壁がなくなると、その場所からは
 「幽霊のような、影のような、異形」
 の姿も、"プレデター"の姿も消え失せていた。
 ただひとつ、この異常気象には似つかわしくない氷塊が、
 鈍い光を纏いながら転がっている。

 「網代木から離れろ」
 手に取ると、氷塊は懐かしい声を響かせて、
 それ以外の痕跡を何一つ残さず昇華し消えた。



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