===第5話===

 キミたちはますます香山市支部に近寄らなくなった。

 ただ、これまで何の手がかりもなかった"アダム"に、
 "ストレゴーネ"網代木比奈と、
 何らかの接点があるということが分かった以上、
 彼女を調べることに意味があるのは確かだった。

 キミたちはいつもの喫茶店で相談した結果、
 救援要請を網代木が黙殺したこと、
 "アダム"に網代木が関わっているらしいということを
 UGNの日本支部に報告することにした。

 すると、一体どういうことなのか、
 「香山市支部はこれまで、日本支部に
 "アダム"に関する報告を一切行っていなかった」
 ことが明らかになった。
 そして報告の前日から、網代木比奈は
 香山市支部から唐突に姿を消していたのであった。

 キミたちは本部に呼び出された。

 キミたちの話に矛盾がなく、
 師走になっても夏が終わらない異常気象の原因を
 "アダム"にあると考えると納得ができることから、
 日本支部長の霧谷雄吾とテレーズ・ブルムは、
 キミたちとキミたちの話の一切を信用した。
 
 その結果、日本支部だけでなく、全世界のUGNへ
 "アダム"の情報が行き渡ることとなった。
 キミたちは日本支部での保護を受けながら、
 "アダム"対策室に配属されることとなった。

 キミたちが網代木について調べていると、
 彼女が"プレデター"に連絡を取った形跡や、
 今は狭山千紘の持つ「古太刀」の保護の進言を
 繰り返し支部長に訴えていたことが明らかになった。

 また日本支部の権限と情報ルートを利用することで、
 網代木が香山市に何かを見出しており、
 香山市の外へ出ていない可能性が高いことも分かった。

 世界は終焉を迎えている。

 地表の気温は10度上昇し、
 EXレネゲイドが頻繁に姿を現すようになっていた。
 獣ばかりではない。
 オーヴァードに覚醒する人々も多く、
 その一部はジャームに堕ちて誰かを殺し、殺される。

 世界は混乱していた。

 もしまだこの世界に希望が残っているのなら、
 少なくとも網代木の居場所を突き止め、
 彼女の何らかの目論見を止めることでしか、
 その希望を見つけ出すことはできないと思われた。

 ――そんな、ある夜のこと。

 キミたちは夢をみたかもしれない。

 焼け落ち、崩れ、枯れ果てて、
 七色に澱む空に浮かぶ"アダム"の影の夢だ。

 七色の空と闇色の地面。
 目がくらむようなコントラストの中で、
 肉体を失ったような、異様な感覚で漂うキミを、
 "アダム"はその手でそっとすくいあげる。

 「心地いいでしょう?」

 「これが、あるべき姿」

 「受け入れなさい」

 「平等が訪れるのだから」

 今もキミたちが生きているのは、
 その甘い囁きと蕩けるような夢を意志の力で振り払い、
 あの夜手にした氷の冷たさを手繰り寄せたからだ。

 その夢を見たキミたちが目覚めて互いに確認し、
 対策室へとその内容を報告すると、
 "アダム"は間違いなく神に分類される存在であるとされ、
 正式にアダムと呼称されることが決定した。
 
 加えて、その日のうちに網代木の消息が判明した。

 アダムと夢で繋がったキミたちにはそう知らされないうちに、
 晴海区にある海岸洞窟をエージェントが包囲、
 いつでも突入できるという状態にあった。

 しかし、事件はキミたちの傍で起きた。
 部屋から出ていた江 曉燕の元に現れたのは、
 UGNが探している網代木比奈その人であった。

 「インフィニティーコード」

 「それに触れたあなたなら分かるでしょう。
 枷を外し、抑圧を破壊して、『進化』すること。
 それがどれだけ素晴らしいことなのか、
 あなたは他の誰よりも知っているでしょう?」
 
 ――キミはその問いに同意したかもしれないし、
 厳しい拒絶のように否定したかもしれない。

 キミがインフィニティーコードに触れたきっかけは、
 今にしてみると網代木にあったようにも思える。
 それも気のせいかもしれない。
 だがこの問いにキミは確かにアダムの存在を感じた。

 これがアダムであるとするならば。
 これがアダムである証明はキミ自身で、
 これがアダムである事実を否定するならば、
 これがアダムである仮説を立てなければならない。
 これがアダムであることを認めて、
 これがアダムであるという啓示を、
 これがアダムであるという強烈な啓示を、
 これがアダムであると認めながら跳ね除けて、 

 江 曉燕が答えた後でキミたちは合流し、網代木と対峙した。
 彼女の返答が合意であっても否定であっても、
 結果的にキミたちが網代木と戦ったのは、
 アダムと彼女のやり方、そして世界の滅びには
 必ずしも同意できないという点で合意したからだ。

 
 網代木はキミたちの実力と絆の前に、
 妙に呆気なく敗北して地面に崩れ落ちる。

 「ちょっと、甘く見てたか……」

 人間のものでないかのように溶け消えていく網代木の身体に、
 古太刀でつけられた傷がいつまでも残るのをキミたちは見た。



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